Title : いつか来た振り返らずの道
音梅は猿回し師。今春より
新しき猿の幼児買付け、早速の調教開始。
まずは慣れさせ、我をば親と思わせること。
その辺は心得十分、さりとて油断厳禁。
何せ生き物、ましてや知能は高い方。
半年経てども慣れぬ。慣れてこぬ。
いささか戸惑う。やがて苛立つ。
「選び間違えじゃねえか!」祭りで出会う仲間衆にからかわれた。
面白ぅない。全くもって面白ぅない。
この音梅様は冗談好かぬ。断じて笑えぬこの心根(こころね)。
笑うは商売、この顔、道具と見立ててひと昔。
子猿の乙松、恨めしや。
尚更、このツラ笑うどころか、しかめ面。
これまでとは段違い。ここまで酷きは覚えなし。
周りを囲んだ客衆に掴みかからんばかりの牙向き様、荒れ狂い。
笑わす猿が人を相手の人回し!。
祭りの主から大目玉。こいつが一番利いた、利いた、利いたの何の、
音梅生涯初の悔し泣き。そいつを眺めて乙松興奮、
親に向かって掴みかかるや及び腰やら、
計りかねるも、とにもかくにもギャギャギャーギャーッ!。
一度も回せなかった子猿。わずかな月日というに、
ろくな猿回しも出来なくなったは何故(なにゆえ)か…。
音梅は涙もろくなった。しきりと故郷を懐かしむようになった。
追われた場所が懐かしい。なるほどオレも老いぼれた。
こんなじゃ猿にも三行半か。
音梅はやたら故郷を口ずさんだ。
兎追いしかの山、小鮒釣りし…。
そんなこんなで二た年が過ぎ、音梅の野郎、持病の肺でこと切れた。
「このサルが寿命を縮めたようなもんじゃねえか、クソ猿が。
コイツの始末どうつけんでぇ」
「街に無料動物園があるけんどよ、そこが2千円で引き取るってよ。
ククク、オレ様にかかりゃあ、何でもかんでも金に化けちまうのよ」
三年が過ぎた。
東京からこんな田舎の動物園に、若くて綺麗な女が見学に来た。
連れの男が自社の講演を彼女に依頼、その帰り。
動物園があるなら見たい
と彼女に言われ、此処まで案内して来たという次第。
「あら、あそこで縮こまってるお猿さん、何か独り言いってるわ」
「オッ、先生お得意の唇読み、やってみますか(笑)」
「うん。……ええと、何、何?。ウサギ、……オイシ…カノ…ヤマ…」