生まれながらの自然界生物コレクター、それがボクの正体だった。幼稚園児の段階でソレは既に強く打ち出され、周囲の大人達は度々戦慄のルツボに叩き込まれる。ボクは赤札付きの園児。見切り品であり要注意児童。ボクを知る全ての大人はもとより同世代の者らまで、ことごとくボクの背中に赤札ピシリと張り付ける。
ボクはそれに気付かない。注意と関心の全てはソコにない。ソコ、とは日常が営まれる生活環境を指す。ボクのソレは皆と違う。自身の生息地は山中。或いは池、川、沼。山であればボクの姿はカブトムシ、池や沼ならフナかザリガニ。いつも泥にまみれた不潔な子。ズックの片方失くしたばかりか、裸足の足裏は沼底ガラス瓶のカケラで切れて血だらけ。この小僧に比べれば、足柄山の金太郎など洗練されたトレンディー・ベイブ。
幼稚園バス降りようとも園の門くぐらず。ムシケラは目の前の山道から緑の森へと消失する。ボクはウズラの親子が横切るのを見、飛び出した野ウサギが前足で両耳を撫でつける姿に小首をかしげる。そんな驚愕した興奮を誰かに話したくてたまらないものの、ケダモノに近いボクに言葉という名のアプリなし。ポケットの中にもズタ袋の中にも。カラッポだけがあった。いつも。常に。
大きな沼のほとりで数人のオジサン達が賑やかに立ち話をしている。傍らのドラム缶からは湯気が立ち上っている。彼らはカップ酒を飲みながら何かを旨そうに食べている。ボオーンヤリ眺めていると、気づいたオジサンの1人が笑いながら手招き。「オッ、坊主!コッチ来て食べるかい?」
大きな葉っぱに白い食べ物がテンコ盛り。真横に真っ赤なアメリカザリガニのおびただしい殻残骸。アアアアア、アメリカザリガニを剥いて食べているのか!!。アメリカザリガニは食べ物なのか!!。いつもボクが死に物狂いで追い回しているソレが、食べられるものだというのであろーか!!。ボクはジリジリと後ずさり、小石に足を取られながらも転ぶことなく走り去る。
これで何度目なのかと憤慨やるかたない近所の大人達。両親はペコペコとコメツキバッタの如く頭を下げ、共に懐中電灯携えて、神隠しにあったやもしれぬボクを探しに山に入る。これまでの経験で彼らはボクの生息地の幾つかを特定していた。ボクは大抵、山中入口付近に在る神社裏の樹間で捕獲され、自宅という名の独房に監禁される。ボクの命を守った大人達の存在は偉大極まりない。札付き児童にもそれは分かる。
でも、決してボクの話を聞こうとしない大人達に対し、ボクは不機嫌な犬の様な唸り声を上げる。今日ボクが目にした、孵化(ふか)したてのセミが幹から落ちアリの群れに襲われる光景、それを話したかった。ボクは緑色に光る白色のセミの体から必死でアリを払い落し、彼だか彼女だかを幹に留まらせようと試みるが、何度やってもそれはアリ待ち受ける大地へ転がり落ちてしまう。アリの猛攻に力尽きてしまったのだろう。ボクは半ベソかきながら、根っこから40センチほど上の幹穴にセミを隠し、その場にうずくまる。ボクは教えて欲しかった。
ボクはどうしたら良かったの?。
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