TItle : ティー・ブレイク
★ 沙矢。さや。このエピソードの主人公。
うららかな春の日差しが半開きの窓から。
淡いターコイズ・ブルーのカーデイガンに袖を通す沙矢は、
両耳からイヤホンを外しサラ・ブライトマンの歌声を消した。それから
コンパクトを開いて自身の顔を覗き込み、アヒルグチを作って見せた後、
呼吸を整えて風花が湖面に舞い降りるように独り言。
「いいじゃないですか、ネエ……。今日こそ
開けるにふさわしいと思いますよオ~。
そうしましょうネ、そうしましょ~」
ベッドから起き上がり、デスク上で居眠りこく電気ポットのスイッチを入れる。
それからやおら、パソコン裏に隠しておいた
オリーヴグリーンの高級包装紙に包まれる箱を両手でソッと引き出す。
「こんな高級お紅茶、卒業祝いでもなければ頂けないんですよ、
分かってますか?…ええ、ええ、よおく分かっておりますのよホホホ」
独り芝居でオチャラケながらミニ食器ケースのガラスを引き、
ウエッジウッドのティーカップとポットを取り出すと、
パソコン手前のスペースにもったいつけて並べる。
引出しを引いてキーボードとマウスを収納しながら、
「ああ!。大学院でどうか、どーか、里中様の目に
ワタクシめが止まりますように!。な~んチッて、マジ?」
マウスパッドと入れ替える様に紙製ミニアルバムを大事そうに取り出し、
シリアスな表情でドアを振り返り、次にアルバムを開いて鼻の下を伸ばす。
卒業式スナップの中の1枚…。
「何度見ても素晴らしいじゃござんせんか、この里中様のイケメンぶり…。
もうすぐ准教授になっちゃうのかなぁ本当に…。
ますます高嶺の華になっちゃうんでは?」
オレンジランプ点灯、保温に入る。沙矢は最新の注意を払って
包装紙を取り外し始めた。
「ウッヒャアア~!、これって奇跡奇跡!な、なんと
ウエッジウッドのお茶ッパじゃないですか!、
ワタシの陶磁器とお揃いだなんてコイツァ~春から縁起がいいやぁ~!。
まるで私と里中様が結ばれるのを暗示しているとでもいいますか…
♪ フ~ンフフ~ン」
沙矢はヘラヘラし続けながらポットに入れた茶に向かって勢いよくお湯を注ぐ。
ハアアアア……。何というかぐわしき香り…。これこそ世界最高の………
ト、ツ、ジョ、
強いタコ焼きソース臭が辺りにたちこめ、
そのあまりに強い匂いに
繊細なウエッジウッの香りが一瞬にして消滅。
換気口の関係か何かは不明だが、時々
階下から料理の匂いが上がってくるのは承知。しかしながら
「何で今なんだ、よりによってクソ兄貴!」
イラッとして立ち上がり、勢いよくドア押しのけて階段を駆け下りる妹。
紅茶は冷めてしまうが仕方ない。こんなソース味の中で誰が飲めるか!。
弾丸のようにキッチン突入!。
「タコ焼いてんじゃねーよクソガキがァーッ !! 」
と憎々し気に吐き捨て終わるや否や、ギョッとして目を剥く沙矢。
キッチン・テーブルで1人タコ焼き食べてるはずの兄貴。
いや、確かに食べてはいる。食べてはいるが、
向かい合わせに座っている品のいい白いスーツの女性は一体誰だ!。
「沙矢……。こちら、クソガキの里中さん(ニヤニヤ)」とアニキ。
「ウフッ、里中です、お邪魔してます
(あまりにも教養にあふれ、その美貌にふさわしい上品な笑み)」
ガーン !!
「里中?………あ あの……大学院の里中さんとは関係ありませ?……
「兄です
(あまりに美しく清らか極まりない笑み)」
ガガガガーン !! ガーン !! ガガガガーン !!
「いらっしゃい……どうぞごゆっくり……」
蚊の鳴くような弱弱しい声、夢遊病者の様に
回れ右する妹。
「アレ?、タコ焼き食べないの?。いつもは奪い去るのに、
お客さんが来てるから遠慮してんのか?。コイツねえ、
タコ焼き食べる時ねー、親の仇でも討つみたいにして食べるんですよ(笑)」
「そんなぁ。…ご一緒にいかがですか?」困ったように苦笑いするレディが
スッと美しき姿勢で立ち上がり、エレガントな雰囲気で頭を下げ、
「里中映見李(えみり)です、どうぞ宜しく」
沙矢は茹でダコのように頬を赤らめながら 「どッ、どうも」
ペコリと頭を下げると、哀れみを誘う後ろ姿で足早に階段へ。
「あれ?変だな足音がしないな。アイツね、
ドスドス男みたいに昇り降りするんだよ、いつも。
お客さんだと一応気は使うんだなあ~アイツも。
デリカシー少しは持ち合わせていたんだなあ~(笑)」
階段上がる沙矢。丸聞こえだよ。クソ兄貴が!。ブチ壊しだよ何もかも!。
高貴なる芳醇なティータイムを突如台無しにしたばかりか、
何なのよ!有り得ない偶然 !!。
一体いつからそんなことになってるんだッつうの!。
兄にハラワタが煮えくりまくり。全身の血液が逆流し
カアアッっと頬が火照り出した。沙矢はカーディガンを脱ぎ捨てると
ベッドに叩きつけ、続いて意味もなくティーカップ上の茶こし持ち上げ、
それに貧乏ゆすりをさせながら呟いた。
もしさっきのブザマさをお兄さんにチクられたら……。
沙矢はメマイで目の前が真っ暗となり、よろけて机にもたれる。
鉄分……不足ッ……。
その後、ベッドにひっくり返ったまま放心状態。
あのヒトの帰り際に謝んなきゃ!、
先ほどは失礼致しました…。他に上手いフォローないかな…。
ない……。許せないクソ兄貴…思いッ切り罵倒してやる……
許せないアタシに恥かかせて…他のヒトならどうってことなかった、
よりによってアタシがマジ結婚したいヒトの妹の前で……。
階下で動き。ウソ!、もう帰るの
チンチロマイで階段駆け下り、大慌てでサンダルつっかけ
ボブの前髪整えながら外へ飛び出す時、よろけて額をドア脇に強打。
「ア、ツ………… ××× !! 」
それでも歯を食いしばって決死で外に出ると、門の前に兄の後ろ姿。
「アレッ! 恋人はッ?!」
「ああ、今、駐車場に車を取りにいってる。すぐここに来るよ」
「あとで話があるんだよなァ~」ドスを利かせた沙矢の声。
「う~ん?。………彼女、お前のこと凄く気に入ったみたいだな。
どうかしてると思うけどな」
「え。……気に入ったって?」
「可愛いってさ、自分と真反対で妹みたい、だってよ」
ガーン !!
妹…!。義理の姉……義理の……妹…… !!。
「で、何なんだオマエの話って」
「えッ!話ッ!………?。……ああ……。
後で、紅茶でもお兄様に御馳走して差し上げたいなって……そんな風に思ったものですから…」