青い稲妻

 

海を見下ろす広くて気持ちのいい海浜公園が在る。海風さえ優しければ、冬声にカモメが応えても人足が耐えることはない。それがこの7月ともなれば…。ボクも其処で過ごすのが好きだ。人気の公園なら尚更、誰もが強く好む場所というものが在る。波にさらわれた磯蟹が、砂地を目指さず岩場にツメを立てるように、人々は刈り込まれた夏草の中、樹木影差すベンチに腰を下ろす。その傍らを通り過ぎ、ボクはゆっくり真っすぐ歩行する。行き交う人は誰1人うつむいていない。海風をブレンドした陽光がそれを許さないからだ。

公園奥のドッグ・ランが近づくにつれ、みるみる人の行き来が少なくなると、園内の空気をチェンジするかの様に犬たちの喧騒が聞こえ始める。5メートルほど先にあるドッグ・ランのフェンス越し、マリンブルーの服を着た小型犬が疾走するさまが見えた。「早いッ。早すぎるッ」。ボクの足取りがたちまち加速。着く前に疾走を止めて欲しくないッ。

太った楕円形、ランのスペースはコンビニ4店舗を足したくらい。大中小、様々な種類のワンちゃん達がざっと20匹ほど、思い思いに戯れているのは毎度見る風景。飼い主達の大部分は強い日差しを避け、日陰のベンチ周辺に集まっている。疾走続ける若きプードルのスピードは全く衰える様子を見せない。楕円形グランドの縁をサラブレッドのようにタテガミ振って、いや、両耳羽ばたかせて突き抜けてゆく。

何という速さだろう!、まるで本物のレースを見ているかのようだ!。遊んでいるなどというナマやさしい走りではない。走る度たび、身にまとった青いTシャツが顔半分を隠すようにめくれ上がっては落ち、再びめくれあがるを繰り返す。左コーナーを回って直線コースに入った。ボクの眼前を新幹線する時、青いTシャツの背中に大きなピンクのリボン柄が見て取れた。メス(以下、このお嬢様をブルーと呼ぶ)だとは一層の驚き!。ボクはてっきり……。

それにしても妙だ。これほどの素晴らしい走りを見せて回転し続けているというのに、誰1人としてブルーに注目していないとは!。全く信じられない!。犬たちも又、そうだ。のんびりジャレ合ったり、ちょっと走ってみてはすぐに飼い主のところへ戻ってゆく。疾走続けるブルーの速度は以前として衰えを知らない。まるで青い稲妻。

ボクは1周回るたびカウントを取り始めた。その前に3週回るのを目撃していたから、それも加えた。7、8、9、10、11、12。突如ブルーがゴール?!。日陰ベンチで立ち話をしている飼い主同士の1人、その背後にピタリと座して長身の中年男性を見上げる。おそらく彼が飼い主とみて間違いない。ブルーは彼を見上げ続けていたが飼い主は全く気付かぬ様子。とその時、突如ブルーが疾走を再開!。先程と全く変わらないスピード!。この燃え盛るエネルギーは一体どこから来るのだろう!。全身にみなぎりスパークするパワー!、モジャラモジャラの体毛の下には、凄まじく高度に鍛え上げられた肉体が潜んでいるに違いない!!。13、14、15……。

ブルー2度目のゴール。見えないテープを切った稲妻ランナー、へたり込む素振りさえ一切見せず、先程と同じ様に主人の背後にピタリとお座り。しばし主人の顔を微動だにせず見上げ続けているのだが、飼い主はやっぱり気付かない。話し相手達も誰1人指摘しない。やがてボクの視線に気づいたブルー、目を細めてボクを見やる。

“ 偉いぞブルー!! 、こんな素晴らしい走りを見せてくれてアリガトーッ!!。”

ブルーの眼が答える。“ でもやっぱり、この人に誉めて欲しいの ” 。

 

◆写真タイトル / 何待つキミ