何という素晴らしい1日だろう!。途方もなく人騒がせな園児であるところのボクは、人生最大のビッグ・デイを前に卒倒寸前であった。その1時間ほど前、珍しく幼稚園教室に我が身を置き、空虚感にプライド中を舐め尽くされながらも、あてがわれた牛乳の味覚に人生の空しさ飲み分けているボクではあったが、何というドンデン返しな1日!。バッド・デイがたちまちビッグ・デイ!。これだから人生は分からない!。
幼稚園の送迎バスを待っている間に早くも魔が差し、家路と反対方向へチョロチョロ歩き始めるボク。ふと見上げればフェンス塀に可憐なバラの華の一群。その隙間にチロッと顔覗かせている縞蛇の赤ちゃん!。(シマヘビ / 青大将と共に馴染み深いヘビ。無毒)。憧れの君とのハチ合わせ、卒倒せんばかりに興奮!。マングースがキングコブラに挑みかかるように反射的に蛇を襲うボク。一瞬で確保!。それを奇跡と呼ばずして一体どうするというのだ!。
ボクの手首にからみつく、茶色がかった冷たいウロコ肌をヒッペがし、幼稚園帽子の奥に押し込む。すかさず黄色い帽子を丸めたところで先生の呼び声。脱兎の如く反対方向めがけて駆け出すボク。つんのめりながらも体制立て直す己(おの)がバランス感覚の素晴らしさはどうか!。猿だボクは!。ボクは猿!。自分のことを猿だなんて、何てステキなことを思いついたんだろう!。そうだボクは猿なんだ!。湧き上がる陶酔にめまい覚えながら、カルガモヒナの様に沼岸に至る。そこで第二の奇跡に遭遇!。
何という光景が展開しているって言うんだあーッ!。沼全体の水が蒸発、粘土色の沼底がほとんど全貌をさらしている。ところどころに残った水は僅かもワズカ!。水溜りなど恐れずに足りず!。こちらに彦星、あちらに織姫居たのなら、2人は造作もなくシッカと手を握り合うこと出来るだろう!。それはそれとして、手前の泥上を巨大なアメリカザリガニがブラブラ歩き回っている。座り込んで泡吹きながらブツブツ独り言つぶやいてるヤツもいる。ボクは丸めた帽子をカバンに突っ込むと「ワアアアアアーッ!!」と雄叫び上げてザリガニの群れめがけダッシュ。その瞬間、ヌルヌルの泥に足とられてスッテン滑り、後ろ向きに背面転倒!。何するものぞと起き上がり、ターゲット定めたザリガニ目がけてダイブ!。ヤツには届かず再び転倒!。
子猿の1人パフォーマンスにたまげ上げたザリガニ達は激しく動転、ワラワラと逃げ惑う!。もどかしくも狂気で舞い上がるサルは転びに転び、顔の判別さえつかぬドロ人形と化した。だがしかし、ヌモォォ~と垂れてくる泥で半ば失われかけている視界に映るザリガニを、見事にワシ掴む熟練のワザは見事!。このワザを見れば、見てくれれば、先生も両親もボクへの評価をきっと上げるに違いないのに!!。人より抜きん出た、計り知れない未知数の能力がボクには有るんだぞ!!。更に、フランス人セレブの奥方集う、高級エステサロンのインストラクターが今のボクの姿を見たのなら、間違いなく泥風呂エステの新しいカリキュラムのヒントを思いつくはず!!
.今回は近所の有志捜索隊の出動なし。珍しくボクは夕刻前に帰宅した。成果に満足したのと一刻も早く戦利品を自宅に持ち帰りたかったのだ。大人であれば、その行為はコレクションと呼ばれる。
夜9時。布団の中、興奮冷めやらず寝付けないボクの耳に母の叫び声!。階下が運動会のざわめきにも似た気配!!。その瞬間ボクの全身に落雷直撃感!!。
園児の誤算1。石鹸も使わずボクは全身の泥をシャワーで適当に落とし、同じく泥まみれの衣服とズックをバケツに入れて自室に隠した。母や弟が今にも帰宅しそうで洗濯している猶予はない。そのことに気をとらわれ、数10匹のザリガニを水の張られた湯船に放ったことをすっかり忘れてしまったのだ!。あとでそれを網ですくう楽しみを考慮してのことだったが、時間の猶予がないことと全く矛盾している。それが園児の浅はかさなのだ。夕食後すぐ寝室へ引っ込んだ猿。湯船のフタを開ける母。立ち上る湯気の中、湯にプウカリ、プウカリと其処此処(そこここ)に浮かぶ茹でザリガニ。フランス人なら「まあ!美味しそう、トレビアン!」。しかし母はフランス人ではなかった。まずい!!。父の厳しい叱責を恐れたボクは、布団から飛び出し机の引き出しにしまったヘビを窓から捨てようと引出しを引っ張る!。
いない……………。全くもって、おりません。
ショックのあまり息も絶え絶え。しかし、ソコはソレ。奮闘尽くした猿のゼンマイはたちまち切れて夢の中。階下では第二波。再び母の金切り声。
「キャアアアアーッ!!。ヘビッ!!。ヘビがいるーッ!!」。
息子のビッグ・デイは親のバッド・デイ。
◆写真タイトル / 園児道
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