金縛りって一体なに?/1度でたくさん涙目恐怖

セミが熱中症を恐れ葉陰に引きこもる壮絶真夏日、中元手配で百貨店に出かけた母と弟。ひとり留守番居残りは小3のボク。うだる暑さに同伴拒絶、白いふにゃふにゃランニングに紺色半ズボンの軟弱ボク。

2人が出かけて程なく、ジュースを飲もうと台所へ立つ。ビーンビーンビーンという軽量プロペラの回転音に驚き、窓際右上を見上げるとアブラゼミがクモの糸に捕まりモガく羽音だったと知る。それにしても暑い…。熱い…。思わずクラつき、両腕垂直伸ばしで流しの縁(へり)にすがりつく。小麦色の腕は油を引いたようにネラつき、うつむく額からはポタリポタリと汗が規則的に落下。汗でジワつく瞼をそっと開くと、眼下の洗面器には僅かな残り水。窓から鈍く差し込む陽光を受けて反射する溜まり水に、小さなアリが一匹、ポツンと浮いている。

「表面張力…。表面張力で浮いているアリ…」

そう呟きながらガシャンと冷蔵庫を開け中を覗き込む。期待した冷気の洗礼は顔に無し。驚いたことにジュースも無し。

「眠い…」

ボクはひょろひょろと、風になびくことの滅多にないトコロテンのように、両腕を無意味に振りながら自室に戻り、すぐさま畳の上に崩れ落ちた。

「眠い。寝る……」

傍らの扇風機がナマ温い空気をかき回し、ボクの前髪を変に震わせるから、湧き上がった痒みに腹を立てたボクは狂ったようにその辺りを掻きむしった。直後、爆睡。深海1000メートルほどの深さにまで落下。

 

突如、仰天覚醒(意識を取り戻す)!。生涯初の金縛りが始まっている!! (後日それが金縛りだったと知る)。畳上、仰向け大の字、全く身体を動かせない異様で異常な事態!。胸を圧し潰される感覚に恐怖が全身を駆け巡る!。薄茶色の天井がハッキリと見える。点在するコゲ茶色のフシひとつひとつもハッキリ見える。

ボッ、ボクの上に誰かがまたがっている!!、重い重い!!、ぐえええ圧し潰される、だッ、誰か助け…ぐえへへへえええええ、息が、息が出来ないよう!!

これは夢か、と確認しようとして止める。夢でないことは火を見るより明らか。その時突然気が付く。ゆっくりと天井全体が楕円形を描きながら時計逆回りに回転しているではないか!!。しかも茶色いはずの天井は完全に重苦しい鉛色に転換していて、ボクに向かってゆっくり下降したり上昇したりを繰り返している!!。天井の動きを認識したその瞬間、髪の毛が逆立つ様な戦慄が全身に走った!!。

誰か居る!!。ボクの足指のすぐ先に、全身真っ黒な誰かが立っている!!。大人の大きさがある!!。ボクは顔を起こし、勇気をもってソレを確認しようとした。が、顔がもたげられない!!。それでも見ようと歯を食いしばるも無駄な抵抗、全身に冷たい脂汗がドッと吹き出す!!。ボクに一体何をするつもりなんだ?!。幽霊!!、妖怪?!。恐怖のあまり汗みどろの左瞼が激しくケイレンし続けていることに今気づく。一体何がどうなっているんだよおーッ!!。

重い重いく苦しい、圧し潰される!!、死ぬぅぅぅぅぅぅーッ!!。

まだそこに居る!!。視界に黒い塊が見える!!。動いているような動いていないような……、でッ、でも、アレがアソコに居るということは、もう1人がボクに乗っかっているということなの?!、でも圧し潰そうとしてる奴の姿は全然見えてはいない!!。あまりの異様な感覚に激しい吐き気を覚える。どれくらい経ったのか、2~3分だろう多分。全身の力を振り絞り、絶叫して助けを呼ぶことにする。せーの、「xxxxxxxxxxxxxx!!!!!!!!」

こここここ、声が、ぐえ、でッ、出ないぃぃぃぃーッ。

 

パチッ、と両目が見開かれる。

ハレ?。何だこれ。寝てた?。大の字姿で畳に寝転んだまま天井を確認する。回転してない。色もあるべきままの色。両肘で半身を起こし恐る恐る足先を見る。フスマがあるだけ。誰も居ない。

キョトンとする。夢?。いいや違う、絶対違う、違う、違う、全身に残るこのリアル感、実体験したナマナマしさが全神経に残っている。ボクはうつろな面持ちで、冷え切った冷や汗にベトつく半身を、ゆっくりけだるく起こしてみた。背中だけナマ温かく気持ちが悪い。

ボクは家族には話さず、翌日友達数人にこの忌まわしき体験を話してみた。もちろん、全然サッパリあの感覚をこれっぽっちも伝えられないモドカシサがある。

「同じ体験した奴、ホントに居ないの?」

みんな首を振り、大した関心も示さず、そんなことより遊びに行こう、だった。

 

金縛りを経験した人は結構いると思う。そう聞いている。睡眠時に起こる現象に過ぎず、霊魂だとか幽霊だとか、そんなことではない、と学者さん達。

 

そうなのかなあ…。以来、ボクは一度も体験してはいない。良かったっス。もう二度とゴメンであります。霊魂でも睡眠時の反射運動でも。

 

 

◆写真タイトル / ガーリックトーストに乗っかったポテトサラダ

 

 

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進軍園児 / ランキングを外れても

久しぶりに幼稚園に行くとクラスの男子幼児3人がワッとボクの周りに集結。見覚えのないその者達は口々にまくしたてる。駄菓子屋で買った菓子を上機嫌で舐め上げていると隣町の園児に取り上げられて恫喝(どうかつ。脅し)された。お前ならアイツを倒せるに違いないから、帰りに自分達と隣町の幼稚園までリベンジに行って欲しい。そして待ち伏せしソイツをイジメて欲しい、ということらしかった。

「それはどんなお菓子だったか」とボク。「ねぶり紙だよ。3つも取られた」との返答。アレか。ドギツイ赤、緑、黄色のチクロ(合成甘味料)が横4センチ、縦20センチほどの硬目の短冊紙に塗り込んであるヤツだな。

前に1度、家の近所で井戸端会議中の母とオバサン2人に呼び止められた時、オバサンの1人が「アアラ、美味しそうな物を食べてるねー。何ぁに?」と聞くので1枚分け与えたことがある。あまりにボクが噛んでみせてくれとセッつくので、仕方なくオバサンAはペロペロッと舐めてみる。「甘いわね」。それを正面から見たオバサンBが「アッ!、奥さん、舌が真っ黄色になっちゃたわよ!」。帰宅した母に恥かかされたと大目玉をくらうボク。くらいながらボクの幼い心に去来したものは、案外オトナは物知りでないという啓示であった…。

ボクは日頃全く付き合いのない同僚たちに頼りにされ全く持ってつけあがってしまった。「いいよ。行く。やっつけてやる」。

桜前線終盤、散る桜小雨の中、厳しい表情で進軍するヒヨコの一群が川土手からバードウォッチングされた。目指す敵地は大人の足なら10分といったところだろうが、園児の足では30分。まさにシルクロードへ旅立つ一大決心の大遠征なのだ。ボクらが隣町だと思い込んでいるその幼稚園、実は同じ丁目に過ぎない。もしボクらが川向こうのマジ隣町へでも1人置き去りにされたなら、地の果てに来た、オーイオイオイ!とサメザメ泣きはらしてしまうことだろう。

ボクらは勇まし気に進軍を続け、途中、散歩させられている黒い犬に凄まれたものの、たちまちカルカモのヒナの様に数珠繋ぎで路傍(道端)歩行、一糸乱れぬ隊列で目的地を目指す。閉園した入り口前、こないだのように奴らがたむろし奇声上げて棒遊びしているゾ、と同僚が不安気に耳打ちしてくる。奴らに近づくにつれ傘下の者達は何故かボクから徐々に離れだし、しまいにゃ水面に落ちた一滴の油のよう、遂にプゥアーンと弾け飛んだ。

真っすぐキッパリ、微塵もぶれずに1人進軍してくるボクに気づいた敵軍3~4人に緊張感が走る。1番手前、「何だオマエー」と粋がるソイツが持っていた小枝をすかさず叩き(はたき)落とすボク。「イジメたのか?」。そら恐ろしい野犬の迫力に圧倒されたか、ヤツらはワッと一斉にクモの子散らし。それを見たボクの同僚達も何故だかウワアァッ!と逃げ出した。右と左に散りヌルヲワカ園児。そのド真ん中にボク。置き去りのボク。?のボク。

帰り道、垣根に留まったシオカラトンボを発見!。そうっと近づき、トンボの目の前でクルクル人差し指を回し続ける。遂に目が回ったトンボがクラッ。捕まえたッ!!。意気揚々と家路を辿る。やっぱり独りが一番。最初から誰ぁーれも居なかったんだしなー。

 

◆写真タイトル / さっき誰かが

 

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はずされたハシゴ / 神・様・の・言・う・通・りッ

狂乱の黄ィーポンカラーの園児帽をかなぐり捨て、ボクはいつもの様に脱兎の如くに家を飛び出す。本日珍しくボクが登園したのは、神様がボクに日頃の傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な態度にコッピドイお仕置きをする為であったことは、この時点で判明している。つまり、神の見えざる手(アダムス・スミス『国富論』とは一切関係なし)によってお尻ペンペンされてしまったのは幼稚園の在園中であったということだ。

全く知らなかったのであるが、今日はボクの誕生日であった。幼稚園のお姉さん先生が、一体何処でその情報を入手しているのかサッパリ検討もつかないが、とにかく先生は皆の誕生日を知っていて各々の誕生日が来る前日、明日は誰々チャンのお誕生日ですよー、プレゼント上げたいなーと思う子は自分で作ったプレゼントを持ってきましょうねー、等と呼びかけ、常日頃からそういったお誕生日プレゼント行事が行われていたようである。

偶然ボクは自分の誕生日前日に登園して、その初耳呼びかけを聞くに至ったのであった。プレゼントを沢山貰えるというビッグニュースはボクの心を痛く打った。それですっかり舞い上がってしまったボクは、翌日つまりは今日も珍しく幼稚園へなだれ込んだという次第。鼻の下伸ばしたままネコのように丸まり、控えめに膝頭抱くボクの頭上、「はーい。では▽▽ちゃんにプレゼントを渡したいお友達はプレゼントを渡してねー」という先生の声が2度ほどコダマしたものの、誰1人として席を立つ者は居なかったのである。

空恐ろしいほど、水を打ったように静まりかえる教室。期待に頬赤らめ、いつになく息潜めていたボクは、恐る恐る膝頭に半分埋めていた顔を上げた。教室に常時張り巡らされている色とりどりの折り紙チェーン。それらは園児達の手によるものなのであろうが、それを製作する一群の中にボクの姿はなかったはずだ。恐らくはその時分、ボクは腰まで池の水につかり、両手にヌルンヌルンの巨大オタマジャクシを手の平に乗せ、ウァハッハッハー!! と奇声など発していたであろうに違いない。

「居ないようですねー。それでは今からお絵かきを始めましょー」の声にボクの周囲がザワザワし始める。先生はボクに声をかけるどころか、ボクの方をただの1度も見なかった。ボンヤリ突っ立っていると、ほどなくして見たこともない男子幼児がボクのところにやって来て、「これ、◇◇ちゃんにあげるプレゼントだったけど、カワイソーだからあげる」と言って、ボクに何だかよく分からないフニャフニャの大きな封筒を手渡した。中身が何なのか皆目見当はつかないものの、プレゼントを貰ったという喜びにボクの心は一気に青空従え大地に胸を張る満開の桜の巨木!!。激しい歓喜の桜吹雪にむせかえりそうになったその瞬間、「やっぱり◇◇ちゃんにあげたいから返して」。

訳が分からぬまま帰宅。咲き誇る満開の桜巨木、はかなくもタンポポへと変貌。しかもソレには花がない。けれど幸いなことにアンポンタン園児に立ち直れない程のダメージなし。何故って、この世界は混沌とし過ぎている。ボクの心が他人の業に傷ついてしまう程の成長を見せるのは、幸いなことに未だ未だズゥッと先の事だったからである。

 

◆写真タイトル / まぁだだよ

 

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幼児の初恋 / 不定期持ち物検査

小学1年生になった時、ボクは初めて恋心なる感情に触れた。その不思議な感覚はイカレポンチ児童をほんの数秒だけ虜(とりこ)にした。だが、ソレはたちまち当てもない前人未踏のジャングルだか地の果てだかに1人旅立ち、その後何年も消息を絶った。ボクの預かり知らぬ事実であるが。

流石に幼稚園より小学校の方が組織として遥かに規模が大きく、それゆえボクは何のおトガメもなく入学をスルーした。テロ警戒レベル1の空港ゲートを難なく通り抜けることが出来た気分のさわやかさ。

しかし本人の中身は至って愚か者のまま、何の成長も見せることなく唯(ただ)ひたすらミジンコの様にピトーン!ピトーン!と単純な躍動を見せ続けるのみなのである。顕微鏡を覗き込めば各種プランクトンの運動パターンが誰の目にもハッキリ認識されようというもの。だのにプランクトンなら分かるソレが、ただ人間の幼児に変わっただけで、何故大人達には途端に理解不能状態に陥ってしまうのであろう。甚だ納得出来ない。

ある晴れたポカポカ陽気、授業終了後、抜き打ちで机の中身点検なるものが担任の手で行われた。その発表を聞いて全身に戦慄が走ったのは恐らくボク唯1人であったろう。鈍感なボクにも事の重大さがヒシヒシと伝わってくる。段々ボクの席に近づいて来る女検閲官の魔の手。何処にも逃げ場所はない。明るい陽光降り注ぐ机の一群、そのひとつに決して見てはならぬ秘密が…。「はい。じゃぁ次は▽▽クンの机の番ですよぉ~」

机は被せフタ形式。その木製フタを覆い隠すかの様に張り付いているボクの姿はどうだ。このように情けない恰好をしたヒトをボクは知らない。

「どうしたの。寝てないで早く机を開けなさい」「う。眠い…」

ガッツリと口を閉じたアサリにベッタリと吸盤でへばりついた小ダコさながら、いつまでも抵抗続けるボクに女刑執行官の冷徹な声。「どきなさい」。

ボクは机脇に立たされ、机蓋を勢いよく持ち上げる先生。その瞬間の光景は今なおボクの心に熱い青春の劣情をたぎらせずにはおかない。薄緑色の淡い煙が立ち上り、周囲がカビの臭いで満たされた。

「ンアァァッ!!」たちまち右手で鼻と口を塞ぎ、左手はフタを閉めようか、もう少し観察してから閉めようか、の迷いで閉めかける素振り、閉めないままの素振り、の4交互。そのコッケイさは可笑し過ぎた。次第にジワジワジワ~ッとボクの顔一杯に広がる屈託なき純な笑顔。それを見た鬼は顔を一層真っ赤にして怒り爆発!!。

「これは、一体どういうことですかッ?。全然食べないで全部ここに隠してたのッ?!、今までッ!!」。

普通ならば、仲間が先生に激しく叱責されているサマを見てニヤニヤするのが小1男子。だがそれは無理だった。ゆっくりと教室をたゆたう霧のカビが頭上をゆっくり通過してゆくのが見える。皆に見える。花粉症の知識はあるもののコレはどーよ。今、この教室は宇宙人の侵略を間違いなく受けている。幼児らは蒼ざめ、立ち上がりたくとも危険な状態で躊躇(ちゅうちょ)せざるを得ないヘッピリ腰。昼食のコッペパンの化石がビッシリと机の中を覆いつくし一分のスキもない惨状はどうだ。

コッペらは緑色のカビを培養し、いつくしみ、励まし、全身全霊で育んでいるのが見てとれる。その緑のオーガンディの中、ひときわ目を引くのがショッキング・ピンクの一群だ。まるで夜店の綿菓子さながらのフカフカ感、美味しそうな膨らみ具合!。ボクはたちまち興味を惹かれて目を凝らし覗き見る。

分かった!。ブドウパンだ!。ブドウだけちぎって食べた!。パン肌にブドウ跡の僅かな茶色が見てとれる!。それでだ!。他と違うカビが発生したのは!。ボクは自分の頭の良さを先生に伝えようと、彼女の上着スソを激しく引っ張り、その事実を告げた、神妙に耳を傾けていた先生の顔がみるみる激高してゆく。何で?。

「こんなこと、先生は見たことも聞いたこともありませんッ!!。▽▽クンは今から全部それを自分1人で片づけなさいッ!!」

何故だろう。その瞬間、ボクは少し離れた席に座っている女の子と目が合った。色が真っ白で将来美人間違いなしの顔立ち。彼女の美しくつぶらな瞳には侮蔑も軽蔑も驚きも、何ひとつ存在してはいなかった。ただ澄みきった目だけをしていたのだ。悪意のない純粋な目。やがて、振り返っていた彼女は何事もなかったかのように、ゆっくりと黒板側へ向き直った。ボクと彼女が互いの生涯で、接点を持った唯一つの出来事だった。

先生監視のもと、むせながらチリトリにパンの化石を入れている頃には、そんな初恋、すっかり忘れてしまった。カビには恋心を消し去る何かが、ある。

 

◆写真タイトル / よく見るがいいや

 

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boku

キミといつまでも / 町内会の課題

常軌逸した類(たぐい)まれなるモンキー園児であるボク。その名を地域一帯に轟かせた最大の愚行!。今回は是非ともソレを書き記さねばならない。ボクの生き物フェチは確かに常識ハズレ。大抵の児童はトンボやカエル、魚採りに興じるものだが、ボクのは違う。ボクのは訳が分からない。

小動物を捕獲所有することに全力を投入するのではなく、命を懸けるのである。よく釣り人が高波にさらわれ行方不明になるニュースが報じられるが、釣果への果てなき憧れと執着が、自然界への畏敬や畏怖の念を超えてしまった悲劇と言えるだろう。大人でさえ魅了せずにはおれない “ 狩り ”。あまり意識することはないが、釣りも魚獲りも昆虫採集も、全ては狩りなのだ。

メダカ。フナ。それらの魚影が半透明の水中を横切るを見たが最後、ボクは完全に度を失い水中に両腕を投入、出来もしない魚の素手取りにノボセ上がる。当然獲れない。網などボクは持ってない。買ってもらえない。そんな物を与えるは両親にとって自滅行為。それは我が子への死の罠、悪魔の思うツボ。

池の水を児童自動洗濯機と化し、やみくもデタラメにかき回しただけの徒労。愚かなサルは絶望と失意で、池水面につかる周囲の樹木枝を無意味に激しく揺さぶりながら、オーイオイ、さめざめと泣く。その世にも悲しい幼児のメロディ聞きつけた周囲の小鳥達、涙を目にたたえ笑い狂う。「ブァ~クゥワァァァ~!」。

その時、ガキンチョの全身に電流が駆け巡った。何だこの感触は?!。何という奇跡?。マジ?。ボクの裸足の右足が間違いなく踏んづけているようだ。恐らくフナを!!。フナぉぉぉ!!。ボクはゆっくりと腰を落とし、右手を水中にソッと突っ込み、踏みつぶしているフナを掴もうと体をクの字に。

とッ。届かないッ。くそう…。ゆっくりと水没してゆくボクの顔。少しだけ足を上げフナを掴もうとした刹那、それは瞬時に失われた。失われたのだ。すっかり、全くもって失われた。イノシシのウリンボが半狂乱で突進するかの様に、愚か発自暴自棄プンプン園児列車、岸に上がるや力尽き、脱線。

そのショックは数日経っても失われない。キリスト自らが降臨し、哀れなる園児の前に差し出したフナを、自らの手で叩き(はたき)落としてどうする。この屈辱的なる怒りを聞いてくれる人間など、ボクの周囲には1人もおらず。異常行動をとるならチワワでも恐い。そんな感じだったのだと思われる。ともかく、ボクの憤懣(ふんまん)やるかたない感情は自身の中で逆流を続け、まさに一触即発の状態であったのだろう。

初夏の夕暮れ。夕涼みの為にあつらえられた様な風、心地よいせせらぎの音。川べり流す数名の人達が交わす目のやさしさ。くつろいだ微笑み。と、山がシルエットになる直前、それが起きた。

アホンダラ幼児が、眼下4メートルの水面を食い入るように凝視している。水深約1メートル、澄み切った川の流れは緩やか(ゆるやか)。1尾の野鯉が川縁でゆっくりとくつろいでいる。大人の誰かが「大きな鯉だなぁ。丸々と太ってるじゃないか」。次の瞬間だった。声の持ち主はオノが見た光景を一生忘れることはないだろう。いや、忘れぬばかりか孫子の代まで語り継ぐよう遺言するやもしれぬ。

ほぼ垂直に園児が落下。いや、落ちたのではない。ボクは野鯉を捕獲せんと彼の上に降下したのだ!。

どぶぉぉ~ん!。「子供が落ちたァーッ!!」

すっとぼけて夕暮れの癒しタイムを過ごしていた薄紫色の見事な野鯉は、突如化け物に全身を羽交い絞めされ総毛立つ!!。むろん、鯉に毛は生えていないのだが。♪ ボクはキミを死ぬまで放さないぞ。いいだろ?と加山雄三(君といつまでも / 曲中モノローグ歌詞)に激しく共感するボクの情念を見たか?!。暴れようにも完全に全身を猿の手足でロックされた鯉は悶絶寸前、ボクと鯉とで代わりばんこに水中、水上、くるりくるりと繰り返しながら流されてゆき、2人の先に待つは深さ3メートルの滝ツボまがいのチョッとしたダム(?)。

半狂乱でかけつける母の肩を支えるは近所のオバサン。彼女の夫が現場に居合わせ、サンダルのゴム紐切かけながらも、風雲急を告げに舞い戻ったのだ!。その彼に先導され、母とお友達は髪振り乱し現場に到着。10人程の人だかりか。果敢にダイビングし、溺れる園児を低い堀の岸辺まで引き上げた功労者は30代のイケメン男性。ヒーローが「お母さんですか?!、大丈夫ですよ!!」と指さす先、

気絶した野鯉を羽交い絞めにした猿が全身ずぶぬれで横たわっている。

「▽▽!!、大丈夫ッ?!」。一瞬、薄目開け母の顔を見やる。すぐ目を閉じる。なるべく苦し気な表情をしていた方が得策なのだ。怒られないためには。

 

◆写真タイトル / 私は鑑賞用

 

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珍味と虫 /子供の食事しつけ

幼稚園の帰り道、といっても我が家とは全く反対方向なのであるが、ボクは見知らぬ景色の中、見知らぬ同世代と出会った。彼は栄太郎の扇雀アメの様な輪郭を持つイケメン園児であった。

どんなキッカケでコンタクトを持ったのかは記憶にないが、ボクは彼の自宅へ言った。というより彼の家族が営むカマボコ屋へ連れていかれたのであった。

むろん、ボクには何の店であるか皆目見当もつかない。アメは母親らしきものと店奥でヒソヒソ喋っていたが、母親とアメが同時にボクを見たのでギクリとする。何かボクの悪行が発覚したのであろうか!。しかし唸り声上げても何ひとつ思いつかない。知り合って10分、2人の間には未だ何のエピソードもない。悪事の数々を犯しているヤサグレ園児には、こうした陰鬱(いんうつ)な後ろめたさが付きまとっているわけだ。

何やらアメが、新聞紙にくるまれ湯気を上げているものを2つ手に持ち戻ってきた。「これあげる」「何あにコレ」。ボクは渡されたソレをしげしげと見つめる。「イカだよー。おいしーよー」といって食べ始めるアメの唇はたちまち油光り、熱いのかハファ、ハフゥ!、とアゴ突き出しながらムサぼっている。

イカとは何だろうか。ボクが手に持つコレは一体いかなるものであろうか。ボール紙程の厚みがある薄茶色の勉強下敷き大のコレがイカ、というものなのか。それは、ふにゃふにゃした天ぷらのコロモのようなものに包まれ湯気を立てている。つまり、珍味などでよく見られるイカ天だったのだ。バリボリと固いソレを食べるものだが、揚げたては非常に柔らかい。そんなこと、ボクには知る由もなかったのだが。

ひとくち食らいつき、もちゃもちゃとせわしなく噛んでいると、突如、骨の髄(ずい)まで、脳髄にまで染み渡るようなメガトン級の旨さがボクをメチャメチャに揺さぶった。産まれてこのかた、このように旨い物を食べたことなど1度もない!。ボクは猛然と食べ始めた。親の仇でも打つかの様に、唇、頬を油まみれにして、ろくすっぽ噛まず、まだ口の中のソレが飲み込まれる前に、次々とイカ天を口の中に送り込んでゆく。

「ヒィィェック!!、xxxxxxxxヒェェェック!!」

突拍子もなく始まったボクのシャックリ音にアメがハッ!っと顔を上げた。

「ヒィエヘ、エック!!、エック!!」。弓なり反り返り胸元をコブシでパンパン叩くボクを見たアメ、喉に詰まったのだと察知、店奥にダッシュ!。アメもかなり動転していたのであろう、ゴハンが3分の1ほど入ったお椀に水を半分ほど入れて戻って来た。それを引っ掴みラッパ飲み!。勢い込んだせいであろう、水が両鼻の穴に流入!。「平気?」と優しく声をかけてくる上品お坊ちゃまの顔にボクの口から逆流放水!。

「ゲェハハハーッ!!、ウンゲッ、ハハーッ!!」

激しく咳き込む、いたいけな児童の悲鳴を察知したアメの母親がゾーリの音を荒々しく引きずるように登場。「何ッ、どうしたのボクッ!、大丈夫?!」。ボクの制服の胸元がビッショリなのを見たお母さん、ボクが右手に握りしめている食べかけのイカをモギ取って脇のテーブルに置き、ボクの服をタオルで拭くつもりだったのだろうが、ボクの手からイカを引き離せないことに驚いてはみたものの、それは諦めタオルを使い始めた。「むせちゃったのかねー。あんまし急いで食べたらダメよお」というそばから再び夢中で食べ始めている学習なしの姿に、ゴハン粒散りばめた我が子を見やり「この子、どこの子?」と聞いた。「えっとネェ。…………。道端にいたの」。

虫。

 

◆写真タイトル / どこの子?

 

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影武者園児 / 親心の空

大人がサジ投げるこのボクだ。友人など1人もいない。ボクもまた、友達の必要性をパン屑(クズ)ほども感じやしない。負け惜しみでも何でもなく、ただただ唯我独尊(ゆいがどくそん)、ボクの相手はの山や沼の生息小物。それらとのガチ勝負こそ生きる証し。なのに極めて純度の高い交戦に助っ人を呼んだとなれば一体どうなる。山妖精、沼妖精から侮蔑のそしりは免れぬ。やだやだ、やァだッ!、そんなの、やァーだッ!。以上…。

そのような訳で、幼稚園の先生が投げたサジ、両親、近所の大人子供が投げたサジ、それらを広い集めては使えるものは使わねば、とケナゲにサジを布磨きする母に「ムダなことはやめなさい」と諦め顔でたしなめる父。ボクの父は帝大主席卒業の学者肌、堅物のエリート。長男にはキラ星ほどの夢もあったことだろう。

それがどうだ。産まれて見ればボリショイサーカスの花形跳躍ノミ。しかもソレは所定のトランポリン上ではなく、観客無視したテント外、誰1人居ないディープバイオレット黄昏を背に、得意の絶頂で跳躍繰り返す意味なしシルエット。このバウンドの高揚感はボクだけのものなのだと言わんばかりに。父親ならずともガックリ膝を折る光景であろう。

エッセイ “ 園児のビッグディ ” で記したバラ絡むフェンス塀。ヘビ捕獲に味を占めたボクは柳の下のドゼウ狙い、以来足しげく点検通いするようになっていた。その白フェンスにぐるり囲まれた家は田舎の風景にひどく不釣り合い、いかにもお金持ちが住んでいそうな赤レンガ造りの洋館であったことをボクは知らない。目の前に突き出されたバナナをチンパンジーの幼児がひったくる時、彼はバナナ盛られた器の形や色を覚えているだろうか?。なわけで、ボクにとっての敷地の全ては、ヘビが出てくるやも知れぬアールデコ調のフェンスだけだった。

快晴お手本の様に晴れわたる遅い朝だったように思う。なにせ虫や魚を探し回るが常(つね)、ほぼ下しか見ないでほっつき歩く園児の顔さえ上げさせる青空。この記憶に嘘はなし…。ボクがバラのツタ隙間をジロジロ検閲していると、洋館のドアが開いて中から母子らしき2人が姿を現した。

目を凝らすボク。ここで人を見たのは初めてのことだ。彼女を見たなら、ボクの母は同じ女性であるとは決して名乗れない程、そのヒトは美しかった。陽光浴び白銀に輝く帽子と服、そして靴。彼女が押す車イスには見たこともない紺色の帽子と服を着た小学1~2年生くらいの男の子がふんぞり返る様にして座っている。彼の母は、きゃしゃな両腕で車イスを苦しそうに一歩一歩、噛みしめるようにユックリ押し、白きバラの咲き誇るアーチ型門にまで辿り着くと、肩で息しながら息子に何やら耳元でささやき、少し小走り加減で自宅へと引き返す。忘れ物でも取りに戻ったようだ。

「ヘビどこにいるか知らない?」と叫びながら無遠慮に近づいてゆくボク。その間抜け顔も、間近で彼を見た途端にカチンカチンと瞬間冷凍されてしまう。彼の両目視線は垂直に青空を貫く。まるで瞳の全てを空に捧げているかのよう。その表情は彫刻の様に真っ白な頬の上、唇はバラの様にざわめき美しい。口の端から垂れる透明な水アメは、バラ達が伸びあがるほど美しくキラめいていた。

だが、彼の左足はつま先から太もも付け根まで、見たこともない茶色の皮ブーツに覆われていて、十数本の銀色金具を付けたベルトの隊列が彼の脚を覆いつくしているではないか!。「あら」。彼の母親の声にビクッと肩震わせるモンキーキッド。

すぐに黒塗りの立派な車がやって来て、親子はすぐさま乗り込んだ。運転手が子供を抱き抱えたし、車イスもたたまれた。その不可思議な光景にボクは言葉を失う。車が動き出すと、一転の曇りも見当たらぬ黒塗りボディーにスーッと青空の帯が写し出され、突然スッと消失。ボクは全く相手にもされず取り残される。

夕食時。あれは誰か。と両親に尋ねる。付き合いがないから分からない。何故子供がリヤカーに座っているのか。リヤカー?。リヤカーに座っていたのか。そう。

数日後、近所のオバサン達と立ち話していたボクの母、アッと小さく無音な叫び。ウチの小僧が言っていたのはコノコトだったのか!。

さらに数日。夕食直後に突然発熱したボクは、自宅に急行したハイヤーに乗せられ、カカりつけのアブクマ医院へと搬送される。バラのアーチ門前を通過し、車は大きくカーブして急こう配の坂道をジャリ石ハジき飛ばしながら下ってゆく。熱でうかされるボクの目に坂を降りてゆく例の母子の後姿!。一瞬ヘッドライトで浮かび上がったでしょ?!。

「ハアアッ!」。反射的に車のドアを開けたボクは走行中の車からジャリの海へともんどり打って転がり落ちる。「キャーッ!!」母のつんざく声。車の急ブレーキ音!!。2~3回転デングリで止まるボク。「救急病院へ行きますかッ!!」。緊迫した運転手の声。結果的には、少しスリ傷が出来た程度だったにしても。

この日よりも前に彼が天国へ旅立っていたことなど、ボクに知る由もない。ボクの見た親子は人違いだったのだ。あの家は住人を失った。失意の両親は遠くへ越す。その前日、美しいヒトはボクの母友にこう声をかけていたそうだ。

「たった1人のお友達がお見送りに来てくれて、あの子もとっても喜んでいたんだと思います」。

 

◆写真タイトル / ふたつの水滴

 

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取扱い注意園児 / 裏面表記確認の重要性

家族初体験!。我が家の冷蔵庫にカルピスなるジュースがやって来た。その白い液体は瓶の中に入っていて、今この時も冷蔵庫のどこかでしめやかに息づいている。その所在をボクは知らない。何故か。ボクには冷蔵庫を開閉する権限が与えられていないからだ。どうしようもないキカンボウ ( 聞かん坊 ) が何故素直にルールに従うのか、と不思議に思う人がいるかもしれないが、ボクの異様なる行動の全ては生き物に対してのみ発揮されるのであって、それ以外の事柄に関しては常識の範囲内、ごく普通の素直な児童の行いであったのである。ともあれ、人生初経験のカルピスなる飲み物の美味しいこと!。甘酸っぱく形容しがたい爽やか(さわやか)さ。その都度ボクは母にお代わりをせがんだが、常に答えは「いけませんッ」。カルピスは、ワタナベのジュースの素(もと)をも凌ぐ(しのぐ)ボクの大好物飲料なったのだ!。ああ、いつかカルピスを浴びるように飲んでみたい!。

以外にも、その日は早く訪れた。昼下がり。その日は何故かボク1人でお留守番。そこへ近所の顔見知り(小1)がやって来た。ベランダ越しに軽口叩き合ううち、彼が「喉乾いたぁ~」。すかさずボクが「カルピスあるよ」。何の考えもなしに彼をキッチンへと誘い( いざない )、テーブルに座らせ禁断の冷蔵庫扉をいともたやすく開けてしまう。既に掟を破っている自覚はない。何故かというと、園児だからである。知り合いの前でイイカッコ出来る。ただそれだけで地獄の門を開く。

ドボンドボン、ドブォンッ。両手でドップン重たい瓶を何とか傾け、比較的背丈あるガラスコップ2つそれぞれに、並々とカルピスを満たしてゆく。むろん、カルピスは水で薄めて飲む、という知識などボクにはないから、コップに並々とつがれたカルピスは原液。何故コップ2杯で瓶がカラになってしまうのだろう、という素朴な疑問がプ~ンと蚊の様に脳ミソを横切ったが、そんな事にこだわりようがない園児。互いに満足げな面持ち、真剣白羽取りでコップを傾ける。コクコクコク。グビ、ゴクゴク。ひとしきり飲んだ後、幼児2名の間に変な間があった。しかしまた、ゴグゴグゴク。グフッ、コクコク。たまらずボクが「おいしい?」「ん?。……うん」。コクコク。クビー。

いつも母が手渡してくれるカルピスの味と全然違うのは何故か。コップ一杯飲み干したのに渇きが一層つのるのは何故か。知り合いは両コブシを額にブリグリ押し付けながら、弱しく「気持ち悪いぃ…」とつぶやき、そのままキッチンテーブルに突っ伏してしまった。ボクも突っ伏す。瓶の中身がちょっと減っただけなら両親にバレないとタカくくったのに…。どうしてこんなことになってしまったのだろう。分からない…。どうして…。

 

◆写真タイトル / 壁

 

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