珍味と虫 /子供の食事しつけ

幼稚園の帰り道、といっても我が家とは全く反対方向なのであるが、ボクは見知らぬ景色の中、見知らぬ同世代と出会った。彼は栄太郎の扇雀アメの様な輪郭を持つイケメン園児であった。

どんなキッカケでコンタクトを持ったのかは記憶にないが、ボクは彼の自宅へ言った。というより彼の家族が営むカマボコ屋へ連れていかれたのであった。

むろん、ボクには何の店であるか皆目見当もつかない。アメは母親らしきものと店奥でヒソヒソ喋っていたが、母親とアメが同時にボクを見たのでギクリとする。何かボクの悪行が発覚したのであろうか!。しかし唸り声上げても何ひとつ思いつかない。知り合って10分、2人の間には未だ何のエピソードもない。悪事の数々を犯しているヤサグレ園児には、こうした陰鬱(いんうつ)な後ろめたさが付きまとっているわけだ。

何やらアメが、新聞紙にくるまれ湯気を上げているものを2つ手に持ち戻ってきた。「これあげる」「何あにコレ」。ボクは渡されたソレをしげしげと見つめる。「イカだよー。おいしーよー」といって食べ始めるアメの唇はたちまち油光り、熱いのかハファ、ハフゥ!、とアゴ突き出しながらムサぼっている。

イカとは何だろうか。ボクが手に持つコレは一体いかなるものであろうか。ボール紙程の厚みがある薄茶色の勉強下敷き大のコレがイカ、というものなのか。それは、ふにゃふにゃした天ぷらのコロモのようなものに包まれ湯気を立てている。つまり、珍味などでよく見られるイカ天だったのだ。バリボリと固いソレを食べるものだが、揚げたては非常に柔らかい。そんなこと、ボクには知る由もなかったのだが。

ひとくち食らいつき、もちゃもちゃとせわしなく噛んでいると、突如、骨の髄(ずい)まで、脳髄にまで染み渡るようなメガトン級の旨さがボクをメチャメチャに揺さぶった。産まれてこのかた、このように旨い物を食べたことなど1度もない!。ボクは猛然と食べ始めた。親の仇でも打つかの様に、唇、頬を油まみれにして、ろくすっぽ噛まず、まだ口の中のソレが飲み込まれる前に、次々とイカ天を口の中に送り込んでゆく。

「ヒィィェック!!、xxxxxxxxヒェェェック!!」

突拍子もなく始まったボクのシャックリ音にアメがハッ!っと顔を上げた。

「ヒィエヘ、エック!!、エック!!」。弓なり反り返り胸元をコブシでパンパン叩くボクを見たアメ、喉に詰まったのだと察知、店奥にダッシュ!。アメもかなり動転していたのであろう、ゴハンが3分の1ほど入ったお椀に水を半分ほど入れて戻って来た。それを引っ掴みラッパ飲み!。勢い込んだせいであろう、水が両鼻の穴に流入!。「平気?」と優しく声をかけてくる上品お坊ちゃまの顔にボクの口から逆流放水!。

「ゲェハハハーッ!!、ウンゲッ、ハハーッ!!」

激しく咳き込む、いたいけな児童の悲鳴を察知したアメの母親がゾーリの音を荒々しく引きずるように登場。「何ッ、どうしたのボクッ!、大丈夫?!」。ボクの制服の胸元がビッショリなのを見たお母さん、ボクが右手に握りしめている食べかけのイカをモギ取って脇のテーブルに置き、ボクの服をタオルで拭くつもりだったのだろうが、ボクの手からイカを引き離せないことに驚いてはみたものの、それは諦めタオルを使い始めた。「むせちゃったのかねー。あんまし急いで食べたらダメよお」というそばから再び夢中で食べ始めている学習なしの姿に、ゴハン粒散りばめた我が子を見やり「この子、どこの子?」と聞いた。「えっとネェ。…………。道端にいたの」。

虫。

 

◆写真タイトル / どこの子?

 

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