Title : 「オレのメガネも綺麗にしてくれぇ」
以前の話で恐縮だが、かつて私はある住職に、
「苦痛のない地獄とは何か」と問われ返答出来なかったことがあり、以来、私はそのことを思い出すにつけ、今だ答えを出せないでいる我が身の未熟さを恥じた。
その答えは、ある日突然私のフトコロに飛び込んで来た。
何気なくTVを観ていると、ある家庭の犬が映し出された。立派に成犬している白い犬は一家の主婦に大層可愛がられている様子。
主婦は明るい陽光浴びながら、庭を目前に窓を濡れタオルで磨き始める。すると、その犬もまた飼い主の真隣で両前足をガラスにもたせかけ、半身起こして窓ガラスをペロペロと丹念に舐め始めたではないか。
主婦は笑いながら、
「お手伝いしてくれるのは本当に嬉しいのだけれどねぇ…(苦笑)」
その瞬間、私の中で何かが弾(はじ)けた。
これだ!。これだったのか、苦痛のない地獄とは!。
飼い犬をたしなめることさえ出来ない。犬のマゴコロを踏みにじってしまう。だが、薄汚れて見える舐め跡はご近所さんから
「まあ、あの奥さん、窓ふきもしないでホントに自堕落ね」
などと陰口をきかれてしまう恐れもある。心やさしき飼い主は犬に向かって、
「今日もお手伝いしてくれてありがとね」
と言って犬の頭をやさしく撫でる。
犬は少しはにかみながら、嬉しそうに自分が磨き上げた窓ガラスを見やる。これまでそうしてきたように。それはこれからもずっと続く。
苦痛のない地獄。何という美しき世界!。