Title : 開戦丼
「父上。柔道とは柔らかき道なりとのお言葉。
旧乃助はどうにも合点がいきませぬ。
先ほど着た柔道着のゴワゴワ感といい畳の硬さ感といい、
組み合った時にぶつかる互いの骨感といい、
一体どこが柔らかき道なのでございますか。
柔ちゃんとは赤ちゃんを指す愛称ではござらんのかと…。
やわらなどとは洗濯洗剤のことではなかろうかと、
かように苦悩しておる次第。いかにッ」
「未熟者めが……。よいか、柔道の指す柔(やわら)とは、
これすなわちイカタコの類 ( たぐい ) を指しておるのだ。
柔軟という言葉がそれを端的に証明しておるわ。
柔らかい受け身は軟体。総じてこれ柔軟。
タコやイカの日々はこれに尽きる。
嵐でシケる海、海底で激しき流れに
タコやイカ如きが本気で逆ろうたら一体どうなる?、んん?。
たちまちのうちに体力を失い、
我が身を流れに任せるだけになってしまうではないか。
そうなれば、後は海亀の餌がオチ。そういうことじゃ」
「では、父上がワタクシに柔道を習わせようと言うのは、
この旧乃助をタコイカ類と同じ様な
軟体にしようというお考えなのですね」
「さよう心得よ。タコイカの受け身は凄まじい。ひとたび襲われれば
反射的に仰向けのままひっくり返り、海底を全脚で叩く。
効果的な受け身を目指すあまり、長き時を経て
脚があれだけの本数になったというわけじゃ。
恐るべき執念!。アレらを見習え、未熟者が!」
「父上。巷は軟弱者で満ち溢れておりますが、よもや
キャツらを柔道や受け身の達人だと
おっしゃるのではありますまいッ?」