受け身な人間は柔道と水泳で生かせ!/ 東京五輪秘話

Title : 開戦丼

 

 

「父上。柔道とはらかきなりとのお言葉。

旧乃助はどうにも合点がいきませぬ。

先ほど着た柔道着のゴワゴワ感といい畳の硬さ感といい、

組み合った時にぶつかる互いの骨感といい、

一体どこがらかき道なのでございますか。

柔ちゃんとは赤ちゃんを指す愛称ではござらんのかと…。

やわらなどとは洗濯洗剤のことではなかろうかと、

かように苦悩しておる次第。いかにッ」

 

「未熟者めが……。よいか、柔道の指す(やわら)とは、

これすなわちイカタコの類 ( たぐい ) を指しておるのだ。

柔軟という言葉がそれを端的に証明しておるわ。

らかい受け身は軟体。総じてこれ柔軟

タコやイカの日々はこれに尽きる。

嵐でシケる海、海底で激しき流れに

タコやイカ如きが本気で逆ろうたら一体どうなる?、んん?。

たちまちのうちに体力を失い、

我が身を流れに任せるだけになってしまうではないか。

そうなれば、後は海亀の餌がオチ。そういうことじゃ」

 

「では、父上がワタクシに柔道を習わせようと言うのは、

この旧乃助をタコイカ類と同じ様な

軟体にしようというお考えなのですね」

 

「さよう心得よ。タコイカの受け身は凄まじい。ひとたび襲われれば

反射的に仰向けのままひっくり返り、海底を全脚で叩く。

効果的な受け身を目指すあまり、長き時を経て

脚があれだけの本数になったというわけじゃ。

恐るべき執念!。アレらを見習え、未熟者が!」

 

「父上。巷は軟弱者で満ち溢れておりますが、よもや

キャツらを柔道や受け身の達人だと

おっしゃるのではありますまいッ?」

「当たり前じゃ未熟者がッ。イカタコは厳密に申せば軟強なヤカラ。

軟弱である己を恥じへと進み、己を鍛え、

遂には軟強へと変貌を遂げたのだ。

旧乃助、お前もタコイカを見習って日々ケイコに励むのだ!」

 

「ですが父上、軟体動物が一体どうすれば軟強動物へ

変貌出来るというのですかッ」

 

「浮力じゃ。考えてみるがよい。海中では

浮力が体の動きを邪魔するであろう。強き抵抗力に抗い受け身を打つ、

仰向けにひっくり返って海底を全脚で叩く。

どれほどの筋力がつくと思う。んん?」

 

「なるほど…。父上のおっしゃる通りだ、疑う余地など全くございません。

ワタクシが未熟者でありました、お許し下さい!」

 

 

2021年 東京オリンピック、男子競泳100メートル仰向けバタフライ決勝。

世界強豪選手の中、立派に成長した旧乃助の姿がそこにあった。

 

「第4レーンに日本代表の海野。

…鈴木さん、海野選手は2日前の柔道軽量級でも金メダル、

柔道と水泳の2種目でオリンピックというのは

世界でも初ということで各国報道陣も会場に詰め掛けていますね」

 

「ホントに凄いことだと思います(笑)。何でも、お父さんが

小学校のチビッ子柔道部のコーチだそうで、実家が魚屋だそうですね」

 

 

「海野、速い!海野速い!、海野、海野、海野 !!、

今一着でゴール !!、

日本の海野旧乃助、遂にやりました !!、

オリンピック至上初、柔道と競泳2種目で金メダル !!、

世界初の快挙を達成しましたーッ !!。

あたかもイルカの様、しなやかで力強いフォームでしたーッ!!」

 

会場の応援席、旧乃助の父、

 

「んっ?。イルカ?」