見合うだけの価値ある見合い / すごい男はどこにでもいる / すごい女もどこにでもいる

Title : 脂汗はベーコンとて同じ!

 

 

 

遂に現実。花輪のり子29才、夢にまで見た人生7度目のお見合いが、

今日午後7時 銀座キリギリス会館5F キウリの間。

「相手は企業買収のエキスパッツとか、よく分かんないけどスゴイ人。アタシもそこらへんの知識、仕込んで臨むわ、かじり程度だけどサ」

のり子は完全フルメイクをトイレの鏡で最終確認する。

「この化粧は、くずれ始めるまで推定2時間が限度。その前にキメる」

何をキメるのか、のり子には焦点を合わせることはデキないが、ニュアンスでだ。

 

「今朝、のり子さんが起きてから真っ先にしたこと、聞いてもいいですか」

「え、あ、はいはい。えっとです、顔を洗ってました、歯を磨きました、…かな?。当たり前すぎます?、へへへ」

「いやいや、全然です。で、ちょっと聞きますけど、本当に顔を洗ったといえるんですね?」

「えっ?」

「手で水をバシャバシャと顔に浴びせて数回顔を軽くこすっただけじゃなくて、上下にスライドさせただけじゃなくて、顔を綺麗に洗ったということなんですね?」

「ん?」

「歯を磨いたっていいました。ホントに磨いたんですよね?、歯を。歯ブラシに歯磨き粉付けて、歯の上を適当に上下スライドさせただけじゃなくて、ホントに磨いたんですよね?。物って磨くと大抵はツルピカになるもんじゃないですか。舌で歯を触ってみて、ツルピカになってました?」

「うううううんんぅぅぅ……と、……それはしてないんで分かりませんけど。亜万さんはやっぱり……そんな感じですか…今日の朝も」

「朝ごはん、何食べました?」

「ああ、朝ご飯はトマトジュースだけでしたね、今日は。亜万さんは何を食べ…」

「ジュースじゃ噛めませんよね(笑)。飲むだけだと思いますけど。食べていないですよね、飲んだんですよ」

「わたし、噛んだって言ってませんよぉ~(笑)」

「あ、そうでしたそうでした(笑)。でも液体も噛みながら飲めるには飲めますしね。ただ、噛む必要がないだけですもんね」

「ああ~!ホントにそーだ!。すご~い、亜万さん(笑)」

「昔、タバコを飲む、って言い方あったでしょ。煙なのに吸うだけじゃなくて飲む人が居るんだって小説読んでる時、気づいちゃって…。それがヒントだったかな、ある意味」

「それって、凄くありません?、ある意味、ない意味、両方で」

「花輪さんて話にキレがありますね」

 

数か月後、ふたりは挙式。だが、この日の帰りの電車の中、のり子は窓越しに現れては消えてゆく街の明かりをコンタクトレンズで追いながら、ボンヤリと満たされた想いにふける。

「アタシ、今まで何やってたんだろ……。洗ってなかったし~、磨いてもなかった…。噛まずに飲んでただけだとか……。あんな凄い人と、もし結婚出来たら…」

のり子は花粉症で目がつらくなってきたので、コンタクトレンズを外し、再び窓の外に思いをはせる。

「何。なんも見えないジャン。やっぱり景色って、目じゃなくてコンタクトレンズで追ってるんじゃんアタシ」