サルサル合戦 (後編) / 幼稚園児とチンパンジーの戦い

 

 

 

あの日の数分間に見た光景は、今なお脳裏浅く鮮やかに蘇える。黄色いバッグを斜め掛けした園児目がけ、樹上のピッチャーは大きく振りかぶるや、剛腕にモノいわせ全力でイチジクを投げつけた。ビチッ!!。青臭く固いイチジクは鋭い音を放つと、ボクから1メートル手前のジャリ石に叩きつけられた。何だコレは…と足を止めるより早く、頭上から「ホホホホホホ!!、ウッギャーッ!、ホホホホホホホ!!」の雄叫び。

激しく木のオツムを左右前後に揺さぶって、黒い何かが怒り狂って吠えている。あ…あれは一体なん…ビジャッ!!、パチッ!!。鋭い第2球、第3球が続けざま、立ち尽くすボクの正面手前のジャリ石を弾き飛ばす。

攻撃されている!!。ボクを狙ってアイツは…「ハヒャヒャヒャヒャ、ホヒーッ!!」とカンシャク玉破裂させてジダンダ踏むソレは猿のように見えるが?、と顔ひきつらせ目を凝らすボクに「ハハハハハヒャヒャヒャヒャ、キイイイイーッ!!」と今にも悶絶せんばかりの激しさで、イチジクの葉っぱをボク目がけチギっては投げチギっては投げるノーコン(ノーコントロール)投手。サルだけに投球は不得手なのか、葉っぱは空しく投手の足元にハラハラ落ちるのみ。

しばしアッケに取られ気づかなかったが、チャリチャリと音がし続けている。よくよく見ると猿には赤い首輪が装着されており、そこから下に向かって長い長い鎖が垂れ下がっているではないか。

尚も独り耳障り極まりない叫び声上げ続ける猿の、むき出し上下の歯に入れ歯妖怪への想いはせるボクではあったものの、ふと我に返り、一目散に自宅目がけて駆け出した。「ハハハホホホホホホーッ!!」(逃げるのかチビ!!) の追い声にボクのハラワタが煮えくり返る!。クソウ!!。許さんッ!。待ってろ!!。

家に飛び込んだボクはカバン打ち捨て水をガブ飲み、捕虫網ワシ掴むと脱兎のごとく引き返す。呼吸は烈情のあまり、ボクの肺にボクサー縄跳び50000回でも命じたか、今にも卒倒しそうな園児、たちまち猿の木前で下車!!。

「ホホホホ。?、……ホホホホホ-ッ!!」気づいた猿が再び激しく木を揺さぶり始める。待ってろ!!、この網で捕まえてやるからな!!。ボクは塀手前、幅80センチ、深さ30センチほどの用水路に飛び込み、細竹組まれた塀下の隙間から、たちまち庭内へと侵入!!。眼下に迫る敵を察知した猿は、一層激しく狂乱カンツォーネを高らかに歌い上げる。激怒したノミの様にピーン!!と飛び上がり立つボク。その眼に飛び込んできたのは邸宅作業倉庫壁に立てかけられたノコギリ!!。見たことはある!!。これだ!!。これで木を切り倒し猿を地面に引きずり下ろすのだ!!。

歯を食いしばり怒涛のノコギリ引きを展開する園児。しかしコレは重い!!。重すぎる!!。太いイチジクの根本あたりに歯を引いてはみるものの、かすり傷さえほど遠い!!。クッ!!、何だこりゃッ!!。頭上で暴れ狂う愚か者を見上げる余裕さえボクにはあらじ!!。その時、突如、ヌッと現れた園長先生の顔に心臓が止まる程のショックを覚える!!。「ダメですッ、貸しなさいッ!!」。

園長婦人は母の友人でボクの恩人。幼稚園をタライ回しにされたボクが幼稚園に入れたのは一重に彼女の尽力。

高校1年の夏休み、ボクは単独で新幹線飛ばし、再び、遥か離れたその地へ立った。園長先生宅は当時のまま。玄関ブザーを押す。廊下を歩く足音。ほどなくドアが開いた。見知らぬオバサンだ。

「どちら様?」「あのぅ…。覚えてますでしょうか…。ボクは▽▽▽▽といって…「えええええええええええええーッ?!。あの▽▽ちゃん?!」「ええ。そうで…「たった今もアナタの話を皆でしてたとこだったのよ!!。あのチィーちゃんとやったオオゲンカの話をネ!!」。

庭隅の小さな石碑に手を合わせるボク。“ 友よ、安らかに眠れ ”。

 

◆写真タイトル / 水は歌う