ひとりごと / 誰かと同じ / 私がアナタでした

Title : 「おひかえなすって。手前、生国は日本列島、不思議の国で産湯につかり、人呼んでジャパニーズと発します」

 

 

親子丼を注文して鶏肉だけを残す人が、確かに存在するように、

バーゲン会場で、損するなんてマッピラだと、不必要なものを買いあさり、悦に入る人が人々の心を照らすように、

スタバでコーヒーを飲んでいる自分の姿をオシャレに想像し、押し合いへし合いの席に眉しかめ座りつつ、目的達成の安らぎを感じる人が涙ぐましいように、

室内で物をよく落とす人が、それを握力不足のせいではなく、自分の不運のせいではないかと疑惑を持ってしまうように、

確かに、確かに、

“ 愛されたい ” から。という理由で、誰かを愛してしまう人は確かに存在する。

“ 愛してみたい ” ので…。という理由で、誰かをアテなく探す人は確かに存在する。

 

晴れ予報を信じ外出し、降水確率0%の計画を本降りで濡らす。天気予報なんて当たらないと怒り、翌日には天気予報をチェックする人が存在するように、

自分に重ね合わせることが出来る容姿の芸能人の評価を、常にチェックせずにはおれない人が、全くもって存在するように、

 

“ お金がかかるから ” という理由で、誰をも愛する予定を作らない人は結局存在する。

“お金の使い道の1つとして” という理由で、バラまくお金の力で恋愛が買えていることを忘れてしまう人だって、たびたび存在する。

 

深刻な便秘の解消法を未だ見いだせず困り果てているのに、現代社会の進歩に、感激仕切りの人がチマタに存在するように、

鏡に映る無表情な自分の顔を、トレンディードラマの主人公表情とイコールなのだからと、安心するナルシーな人が微笑ましく存在するように、

 

これが幸せだ。

と定義できるものなど、この世には何一つとして存在しない。

ともだち(2) / お別れ前の再会

君知るや草のささやき

 

 

ボクは菓子パン3個が入ったビニール袋を時折太陽にかざしてパンの影を眺め楽しんでいたが、さすがにそれも飽きた。興奮冷めやらぬ逆上がりの奇跡から1日、ボクは名も知らぬ彼を校庭鉄棒前で待つ。

もしかしたら再び彼が現れるかもしれない、と昨日より1時間程早めに此処へ来た。来てすぐに見事な逆上がりを連続3回決め、周囲の山々眺め回して余裕の高笑い。

パンは2個を彼に、1個をボクに。昨日言い忘れたお礼を言った後に2人で並んで食べる。

クリームパン2個にアンドーナツ1個。ボクはアンドーナツが狂おしい程食べたかったものの、それは彼に進呈することに決めていた。

それはクリームパンより40円も高い。これこそが彼への誠意というものだ。手持ちのお小遣いさえあればボクにもアンドーナツが………、アッ!

向こうからやって来る彼が手を振っている。ボクも慌てて手を振り返す。立ち上がりざま妙な気恥ずかしさでベロを強く噛んでしまった。

いでぃぇぇ…。

嬉しそうに微笑みながら「どうしたの。逆上がりの練習?」

「うん。……ああ、これ昨日のお礼」

反射的に袋ごと手渡してしまい顔面からサッと血の気が引く。彼は覗き込むと、ちょっと驚いた顔で「いいの?」「うん。少ないけど」

彼は誰も居ない校庭が好きで、休みの日はよく山道散歩の途中で校庭に立ち寄ることが多いと言った。「一緒に散歩する?」「うん」

誘われるままボクは彼と山道に入った。昼間の山道はボクも良く知っている。

最初は緊張で頬がひきつっていたボクも、コレがカブトムシがよくいるクヌギの木だとか、この倒木によくタマムシがいるだとか、自分の秘密を洗いざらいゲロするうち、激しく饒舌になっていった。

彼はニコニコしながらボクの話を興味深く聞き、時折指摘される木々を覗き込んでは軽く頷いてみせる。

「ここ(坂道)を降りたらすぐオレんち、ちょっと来る?」「うん」

これまで山の反対側には言ったことがなかったので、彼の家がここいらに在るというのにはヒドく納得。

林の奥まった目立たない場所に彼の家はあった。隠されている様な印象もあったが、一階建ての非常にオンボロ木造の前、庭と呼ぶにはふさわしくなく、つまらない空き地と呼ぶが似つかわしい、漠然とした広場があった。

敷地らしきこの場所に柵はなく、代わりにグルリと雑木林が一帯を取り囲んでいる。コンビニ一店舗分の広場の真ん中には使いこまれた真っ黒なドラム缶が置いてあり、傍らには石鹸の入った金タライと擦り切れたタオルが無造作に置かれていた。

「これがウチの風呂なんだ」と言って彼は笑い、家から飛び出してきたちっちゃな女の子を見るや、スタスタ近寄ってパンの入った袋を手渡し「1つ好きなの食べていいよ」。やさしい声がかすかに聞こえボクを動揺させる。アンドーナツを選ぶのだろうか…。

彼はドラム缶から1メートルほど離れた焚火跡の黒焦げ枝を手で軽く押しのけ、あったあった、と嬉しそうに笑うと、真っ黒な塊を取り上げ両手でゴシゴシ黒焦げを削り落とし、ハイ、と言ってボクにそれを手渡した。

よくよく見ると細っこい焼き芋!。オオ!。ボクの驚きで焼き芋が激しく上下するさまを見て彼はさも可笑しそうに、あっはっはっは!と笑った。黄金色に光輝く芋の身を少しずつほぐし食べるボク。芳醇な甘く冷たい味覚がボクをたちまち虜にする。何て幸せな…そこへ彼の父が帰宅。

まっすぐこっちへ向かって歩いて来る。真っ黒に日焼けした顔からボクに向かって真っ白な歯がご挨拶。なるほど親子、ソックリだ。

「今からヘビ取り行くから手伝ってくれ」「ああ、いいよ」

父は家へと戻って行った。「ヘビ?」「うん。一緒に行く?」

訳が分からぬまま同行する。日は傾き始めている。夕暮れから日没直前に捕獲するという。「うちのトウチャン、ヘビ獲って売るのが商売だから」

嗚呼。あの日の事ことは、どうにもこうにも忘れられない。何故かすぐに見つかるヘビ。毒のないシマヘビの首にシャッ!と目にも留まらぬ早業で棒先の首絞め紐がヘビの首を絞める!。

父親が棒で弧を描くと、のたうつヘビは息子が待ちかまえている麻の大袋大口へと鮮やかに落下!。ヘビの首から紐輪が素早く抜かれると同時、息子が麻袋の口を閉めて直ちに麻紐がけ!。

呆然自失のボクの目の前、のたうつヘビの姿が何度も行き来、ヘビのウロコがなまめかしく光るさまを見せつけてはシッポピラピラ、また明日。それは妖しい黒紫の夕闇が迫りくるまで続いた。

「10匹獲れたねトウチャン!。ほら触ってみて、ヘビ動いてるよ」

輝く笑顔でボクに向き直る彼。言われたビビリは、彼が掲げ持つ年期の入った麻袋を両手の平でポンポンと触ってみる。何ともいえぬヘビの這いまわる感触に髪の毛は逆立ち、ショックのあまり失神寸前。

不思議に名乗りあわず、その日以降、ボクと彼は一度も顔を合わせていない。嫌いになったわけではない。彼への親しみと懐かしさは今なお色褪せる事はない。ボクらは知っていた。お互いの住む世界が違うのだということを…。学校で顔を合わせなかったのか?。

どの小学校にも、彼に在籍の記録はなかった。

 

 

ともだち(1) / ボクの心を揺さぶるキミは誰だ

Title : ひとり帰る道

 

 

小学4年進級前の春休み、誰もいない校庭片隅、物悲し気な薄暮の中、非常にブザマに鉄棒逆上がりに興じる1人のエテ公の姿が…。

息上げ、渇き切った喉に唾液を送り込めない苦しさにも負けず、歯を食いしばり唸り声上げ、とりつかれた様に繰り返し逆上がりに挑戦し続けるサル。よくよく解像度を上げ覗き込めば、それはボク。少年の頃のボクではないか。しかし、腕まくりした両腕は既に限界に近付いていた。力がスッポリ何処かに落っこちた感がある。

「そんなふうにケツを放り投げてちゃダメだよ」

突然の声にド肝抜かれ振り返ると、見知らぬ小学生が穏やかな微笑浮かべ佇んでいる。ボクより背が高く、ボクよりかなり痩せていて、髪は短いながらもハリネズミのように放射線状スタンダップ。

「自分の全部の体重を前に放り投げてるだけだよ、それじゃ。オレだって回れないよ。腕をしっかり曲げて…」

彼は隣並びの鉄棒を両手で掴み、澄んだ目で正面を見つめながら

「こうやって両腕を胸にピッタリ張り付けてサ、ケツは前に放り投げないで、ケツは鉄棒の真上に放り上げるつもりで、回るッ」

くるっ。 すとんッ。

何という鮮やかさ、軽やかさ。こんな見事で美しい逆上がり、恐らくオリンピックでもなければ見る事が出来ない代物だ。

「もう1度。…………よく見てて」

土を蹴り上げる音、着地する音、ほとんど聞こえぬ軽やかさ。

「やってみて」

ハッと唇を噛むボク。誰だか知らないけど、いきなり恥を晒さなければならないなんて。何だよもうッ。でも、もう見られてるんだし…。

エイヤッ!。

クルッ。 スタンッ!。

「あっはっはっはっは」さも嬉しそう、真っ黒に日焼けした彼の顔から並びい出る真っ白な歯。それは速度を上げゆく夕暮れの中、スマホの明かりそのままに…。

いともたやすく逆上がりが出来たことに一瞬キョトンとするボクのドングリマナコを見て、流石に温和な彼もこみあげてくる笑いをしばし止める事が出来ない様子だったが、やがてゆっくり腕組みをして

「もう1度やってみたら?。念のため」

「うん。…やってみる…」

クリッ。  ストムッ。

「やったやった」彼は穏やかに小さな拍手をするとニコニコしながら

「オレ帰る。キミは?。もうだいぶ暗いよ」

「ボクも帰る。逆上がり出来たから」

二人は並んで小学校の門を出、長い直線の坂道を下る。ジャリッ、ジャリッと互いのジャリ踏み鳴らす音が妙に大きく耳に響く。沈黙に耐え切れず意を決して口をきるボク。

「30分くらいやってもダメだったのに、教えてもらったらすぐ出来た…。学校の授業でボクだけ出来なかったから…………良かった」

彼は頷いていたのだと思う。その顔をチラと見やったが、まったりとした夕闇がほとんどそれを妨げていた。

坂を下り終わると、道はそのまま続く直線と山へ入る左坂道とに分かれている。当然真っすぐに並びゆくかと思いきや、彼は唐突に

「オレ、こっちだから」と真っ暗な街灯なしの道を指さす。

「えっ」だって山だよ!、と言いかけ言葉を飲み込む。

「オレんち、山を突っ切って向こう側に出た方が早いから」

そう言って微笑む彼に曖昧に頷くボク。じゃあ、と彼は軽く片手を上げると漆黒の闇坂に向かってゆく。それは空恐ろしい光景に見えた。闇が子供を見下ろすや、待ちかねたかのように覆いかぶさり包み込み、やがて満足げにゆっくりと飲み込む。白い上着と黒い半ズボンが消失した途端、ボクは向こうにチラチラまたたく人家の明かり目指し一目散に走り出していた。恐いよぅ。

何をバカなッ。舌打ちをして一匹の虫が草むらで鳴き始めた。虫の音色は、こう聞こえた。

ありがとう、言ったのか?