Title : 観客
★ 光莉。ひかり。このエピソードの主人公。
色褪せたまぼろしが 夕暮れを染める部屋
私の指先が震えても くちづけは拒まないでね
あなたを抱きしめても 私を抱きしめても
同じだけの夜を重ね 同じだけの羽根をむしる
くちづけのまま だからこのまま
物語を閉じて
指先をからめれば 秘密には遠すぎる
この腕を重ねても 恋人は裏切るけれど
哀しみが舞い降りて かたわらに巣を作る
冬枯れた嘘をなぞり 同じだけの憂いあげる
くちづけのまま だからこのまま
物語を閉じて
歌い終え、エンディングかき鳴らす
ハミングバード ( アコースティックギター銘柄 )
のスリーフィンガー ( ギター奏法のひとつ )
が、凍える指先、ぎこちない旋律を醸し出す。
“ いいや、どうせ誰も居ない。…なんて考えちゃだめ、
そんな考えじゃプロになんか成れっこないんだからネ ”
演奏が終わると同時、遠いところで引きずり下ろされる商店シャッター音
が光莉 ( ひかり ) の吐く真っ白な息を僅かにブレさせた。
“ 歌の終わりと同時なんてさ、アタシの歌を聴いててくれたのかな ”
そうでないこと、自分で一番よく分かっているくせに。
いつもの自分向け速報 が光莉の耳元で意地悪に呟く。
16歳の少女は鼻をひかえめにすすると、
足元のギターケースの中に転がる50円玉を拾い上げようとした。
2月の寒さで冷え切った指は、それを不可能にしたようだ。
無理に小銭をむしり取ろうと
枝に舞い降りたフクロウの様に指を曲げた時、
人差し指関節に軽い痛みが走った。
「もう、や!…」
言いかけ言葉を力づくで飲み込む。
彼女の茶色いセミロングが一瞬左右に翼をひろげたかと思うと、
それはたちまちストンと落ちた。
光莉はしゃがみ込み、二度の夏休みバイトで買った宝物
のハミングバードをそっとケースにぎこちなく収納する。
バチン、バチンと留め金を二つかけたところで
スッと商店街アーケードの明かり半分が消えた。
“ 残り半分が消えるまで2~3分。急がなきゃ ”
光莉は自作の曲が書かれた楽譜と楽譜立てを
大きなバッグに慌ただしくしまい込み、
たまらず両手に息を3回吹きかけると
大きなバッグを肩に掛け、ギターケースを注意深く持ち上げた。
どんなに寒くてもファンが数人待っててくれるかも。
凛とした寒気の中で、自分の声がどんな具合に響くのかも確かめたい。
二月になってから全然歌いに来てないし…。
全ては当て外れ。誰1人として立ち止まりはしなかったし、
彼女の声はいともたやすく夜のとばりに負けた。
響きもせず伸びもしなかった。
“ 何だよもう~。
あそこの角のオデン屋は一本100円なんだよぉ~ ”
さっきジーンズのポケットにねじ込んだ50円玉は
光莉が演奏前に置いたサクラだった。
光莉は歩き出し口笛で自作の歌を拭こうとしたが、
吹けなかった。
音が出ない程身体が冷え込んでいる。
たった1時間でその有様。薄着すぎるのだ。
それも秋服。
“今夜は何処に泊まろう…。またカズちゃんち…。
一番言いやすいけど
こないだ止めてもらったばっかだし…どうしよう…”
夢は手なずけられない。
スキを見せれば噛みつかれる。
光莉はそれに気づき始めていた。
まるで大人になろうとしている様に、
見える。