Title : もうひとつの十月
★華夏とK。カナとケイ。このエピソードの主人公。
ジャコウの香りを階段に続けながら
華夏 ( かな ) が地下のスチームバスから戻って来た。
「出来たんだね」
アルデンテの立ち上る湯気を覗き込み、じゃ香の香りを飛ばす華夏。
その濡れたストレートヘア先の一滴が
パスタを皿に盛りつけているKの腕を狙って落ちた。
ブナ林の中に建つ三階建ての小奇麗なペンションは、
期せずして二人の貸し切り状態。
「オフシーズンでもラッキーだよ。それだけでもお祝いしなくちゃね」と華夏。
「そうだね」と言い口笛をヒュゥーン。これはKが嬉しい時に吹く風の音の癖。
2人はワイングラスを重ね儀式の様にひとくち飲み、グラスを置くと
ほぼ同時に窓のすぐ先を流れる渓流に目を流した。
「暗くても白く渦巻いてるところ見えるよ。華夏、見える?」
「うん。見える」
Kは白波、華夏が見ているのは窓ガラスに映っているKの顔だった。
三泊四日旧軽井沢。
閑散としたこの地を渡る十月の風は、人生の羅針盤を狂わせるのに案配がいい。
そう噛みしめながら車を降りた華夏だった。
噛みしめていたそれを伝えるタイミングが今宵…。
「K。ワタシのことどう思う?」
「ん。何が」
「恋人になれる?」
「……。ちょっと。…………好きな人いたの?」
「目の前にいる」
「ん?…………」
意味が分からないと言いかけ、たちまち解る。
華夏の眼を見て完全に理解する。
「ワタシ達、そう出来ない?」
親友の顔がまるで別人。誰このヒト、すごく綺麗…。
Kは最後のサラダを一気に口に入れ、
良く噛まないまま飲み込んでしまったせいで、
喉の奥に少しサラダが引っかかっている感覚があった。
それをワインで流しこもうとグラスに手を伸ばしかけたところで
華夏に衝撃発言をされたので、
サラダはまだKの喉奥に残ったままだった。
Kは少し蒼ざめながらグラスをゆっくり手に取り、
大人っぽい仕草で琥珀の液体を口へゆっくり流し込む。
ゴホッ!。
咳き込むKに
「ごめんK.……平気?」
と立ち上がりテーブルに両腕つく華夏。
顔を両手で覆い、テーブルに突っ伏し気味で頷くK。
それは、同性しかも親友に告白されたショックのせいではない。
華夏に比べ、自分があまりに子供っぽく感じられて恥ずかしかったのだ。
Kが顔を覆ったまま固まってしまったので、
華夏は少し困ったような悲しい顔をして突っ立っていたが、
やがて素足のまま部屋奥のサッシまで。
「話の続き出来るんだったら、外来てよ。ダメなら忘れるから」
Kの耳に、突如あふれかえる鈴虫達の鳴き声が飛び込んで来る。
窓が開けられたから。
丸くなるにはまだ早い月が出ている。
バスローブ一枚しか身にまとってはいない華夏には
肌寒いはずの時間帯。それを感じさせないのは
この噛みしめた想い。
5分が経ち10分が過ぎた。
振り返らない華夏。
テーブルにKが居るのかどうかさえ分からない。
Kは、気まずい時には気配を消す癖があるもんね。
小一時間ほど経過した頃、僅かに肌寒さを感じ始める。
ダメなんだ…。
その時、背後で小さく口笛が
鳴った。