Title : 夜のリボン
★径人。けいと。このエピソードの主人公。
ずぶ濡れの径人(けいと)は、ドアを閉め、鍵をかけ、
傘を無造作に靴箱脇に立てかけると、深呼吸のような
蒼ざめた溜息を肺から抜いて投げ捨てる。
常にそうしなければ
「自分を維持出来ないワ」
これが径人の口癖。ショーパブのママにも、いつもこう言い放つ。
「随分とオンナの口利きじゃないのよアンタ (笑)」と男声のママ。
日増しに速度を速め、オンナになってゆく径人。
その小気味よさは、ママのお気に入りでもある。
ザザザザザザッ!。台風がかなり接近している。今のは
突発的な大雨配送強風だ。
玄関に突っ立ったまま、真夏の汗が浸み込んでいる
冷え切ったサテンのシャツを脱ぎ捨てる男。
それはビジャッと無粋な音を立てて、彼の革靴の上に落ちた。
タイミングよく傘がその上に倒れ込み、
アタシは帰って来ても突発的被害者ってわけ?。やあねえ。
径人は雨の足跡をバスルームにまで残しながら
「ついておいでヘンゼル」
と歌うように言い、シャワーの蛇口をひねる。
この世は所詮 (しょせん) ウタカタ、
と、立ちのぼる熱い湯気が彼にささやく。いつものように。
「そうね」
独り言で答える径人。彼は
唇に塗られたバイオレット・ルージュの上を
太い熱湯の筋が幾重にも流れ重なる感覚が好きだ。
毎夜シャワーを浴びながら、
無作法に口紅とマスカラ、アイラインをザッと落とす。
シャワーを止め、履いているジーンズに
薄めた洗剤をこすりつけてゆく。面倒くさそうに。
それを終えると、ジーンズを脚だけ使って脱ぎ落し、
足指で拾い上げ洗面器へ。トランクスも脱ぎ捨てそれも洗面器。
「これ以上もう無理。明日までおやすみなさいだわ」
バスルームに入って行ったオンナは
オトコに戻って出てきた。
全裸に淡いブルーのガウンを羽織ると、着メロ音。
レディーガガ、バッド・ロマンスのメロディに合わせ
サイレント・ハミングで近づく。
「はぁ~い。………何だオフクロかよ。何?………
大丈夫かって何だよソレ。24の息子に向かって
普通言うかよそんなこと(笑)。オレ、
今、残業から帰って来たばっかで疲れてんだよ、…
……いいよ、そんなの送らなくたって、
そっちで食えばいいだ……ごめん、今キャッチ、
ちょい待って。……はい。………アラ、麗奈。
何か留守電もらってたみたいだけど
接客切れなくってゴメンしちゃったァ、何?」
「今から行っていい?。逢いたいの」
「今!。ごめんアタシすんごく疲れちゃってるの。
これ以上は体力無理め。
今、話し中だったからかけ直しイイかしら」
「ほらまた。アタシを避けてるでしょこの頃。話し中とか嘘ウソ」
「マジ言うのそうゆーこと。アナタそんなことネチネチ言ってると
女子臭くなって誰もお近づきになってくんなくなるわよ」
「今から行く行く。新しい歯ブラシ買った、お揃いよ可愛いの、
ネネネ、見て見て、40分後に見てください、お願いします」
「やあねえこの娘。ちょっと待っててよ、じゃぁ……
…もしもしオフクロ。………分かった分かった送れよ、
ホントに今トモダチと話してるから。切るから。……はい、
お休み……もしもし」
再び、麗奈。「雷が鳴ってるわ。恐い。守って。すぐ行きたいの。ネネネ?」
「アナタ、守ってもらうために嵐の夜、車飛ばしてここまで来る。
台風の中。マジ」 腕組みをほどき、タバコをくわえるケイト。
「何よぉ~、訳わかんないこと言っちゃヤ!。40分後に行きます」
深呼吸の様な、蒼ざめた溜息をまたひとつ。今度は熱い。
別に。
シャワーのせいでしょうが。
「今からフルメイク……アー、キビシイ1日だわ最後まで」
径人は玄関に置いたバッグから月間NO1記念の
ドンペリを引き抜き化粧台に置く。すっごい。
たちまち2本だわ、来月分キープおめでとう。
径人は三面鏡の前に座り、崩れ化粧に薄汚れた顔のお清めを始める。
すると、いつものように蒼ざめた溜息…。
心が径人の胸を軽くコンコン。
言って言って、いつもの言葉。
聞かせて聞かせて。お願い。
「いつまで、銀紙に包まれたままのチューインガムでいられるかって話よ。
満足した?。そッ、
ハイもう終わり」