Title: 居心地の良い岸辺
「来月私、花嫁さんになります」とうっすら涙目のテラ。
たおやかなる風呂上りの香が美しい涙によく似合う。
「本当によかったわね」傍らに座す妻テリの言葉に感極まる花嫁の父テオ。
嗚咽をグッとこらえて満身の力で押し返し、泣くという不覚をギリギリ回避しての第一声、
「花嫁、花婿。……。華嫁、華婿と書く事が許されていない以上、そこまで華やかな2人って程ではないということか…。悔しいよ父さん…。見くびられたものだな、全く」
刹那、庭先の木陰からコオロギがひときわ高く賛同の音色。
リヒーン、リリヒイーン!
皿に溜まった食べかけのスイカツユをソッと指先でかきまわし、ふいに湧き上がった軽い怒りにまかせ、ツユに浸かっているスイカタネを荒々しく指先で庭へと弾き飛ばす花嫁の母テリ。年期が入った縁側が少し濡れて…。
「チッ。バカなことをッ」小さく吐き捨て押し黙る妻に向かってテオ、
「勘働き鋭いお前のことだ、内心では分かっているんだろう。…雅(みやび)で華麗な華道(かどう)なのであって、決して花道(かどう)ではないということ。男と女の花道(はなみち)、それが結婚式だ。花道(はなみち)だから花嫁花婿。華道より地味。地味婚だ」
意を決したようにキッと膝頭を夫に向けて正面座し、花嫁の母、怒る(いかる)。
「アナタは世間様のことを随分とご存知のようですから、ちょいと伺いますけれども、華道の家元がご結婚あそばす時は、華道(はなみち)なんですの、それとも案の定、花道(はなみち)なんですの?。さッ、お答になって下さいましな」
「もういいわよママ…。パパちょっと苛立っているの。私が来月嫁ぐから…」
「何を言う。苛立ってなどいない」と苛立ちを隠しきれないテオ、オノレのふくらはぎに付着したスイカの種に気づくや、マッハで庭へと叩き(はたき)飛ばすと
「テリっ。テリっ!。ふて腐れてないでキチンと聞きなさい。さあ、こっちを見て。そんな様子だと顔がまるで下関のフグの様に見えるじゃないか。…豪華という言葉、それは大層立派な派手さがあるじゃないか。な?。豪花とは誰1人として口にせんのだよ。華道の家元は豪華、ゆえに華道(はなみち)。完全に統一された一点の曇りもない事実、分かるね。どうだ、2人共。納得したか。んッ?」
微妙!、とばかりヤブキリ(バッタの一種)がチィーッ!と単発鳴き。
「アアア、アナタは自分の娘が華やかではないと言い張って、それがそんなに得意なことなんですかッ?。ただひねくれた父親ってだけじゃありませんかッ」
激しく鳴き狂う複数のコオロギ群、賛同の意を表明!。その音にかき消されそうな、チィーッ、というヤブキリの微妙表明。
「華麗なバラより野菊でいいと言ってるんだオレは…。テラには野菊が似合う」
「裏の意味は、ワンランク下げた式場にしたいという意味ですか?」とテリ。
「そういうことだ」