Title : 鼻が魚になった男
裏島太郎は、白き泡やさしげに打ち寄せる砂浜を
軽快にスキップしながら邁進し続けていた。ここ最近の、
己が自堕落さを払拭したき心持ちで一杯になったからだ。紺碧の空、
鮮烈な印象残さずにはおかないクリア・ハイビジョンな水平線。
「春だ!。私の心持ちの春だ!」
裏島は激しく気分が高揚、スキップのバウンドを
2から3へ上げてしまう!。もんどりうって自身を餅つきさながら、
白砂に叩きつける様に転倒した。その時だ!。彼は
30メートルほど前方の波打ち際、
大きな亀が数人の童(わらべ)をこづき回しているのを目撃!。
鼻の孔に入った砂粒を激しくハタき落としながら立ち上がるや、
裏島は異常な速さでスキップ走行。たちまち問題の現場へ到着した。
「あいやしばらく!。亀ッ!、お前は何ぞしとるだがや!。
こがいな (このような) 童ら相手に何ちゅう大人気 (おとなげ) ない!」
「いかんのか…。童をイジメたら、いかんのか?。
何故だ。何故いかんのだろう」
「弱い者イジメだによぅー!。亀!、お前の方が身体がゴツい。
見てみぃ、皆お前の足元で泣いてんでねーのよ、可愛そうに!。
おうおう坊、泣かんでええよ、泣かんで、よしよし~、
お兄ちゃんが歌を歌っちゃるよ、歌を……
♪ 亀の心にゃ壺がある フジツボまみれの中をば覗け
可愛いタコの童 (わらべ) 入り
シャコらが覗きに来ておじゃる ナマコも遠巻き 見ておじゃる
タコの童は満一歳 亀は知らずに大暴れ
吸盤童泣くのに大暴れ 恥知れドんぶら ちょこざいな
「何だ、その歌は。誰の作った歌だ?。妙に耳障りがいいな。
乙姫様にも聞かせたいものだ。あんた、名前は?」
「太郎だ。裏島太郎。ほして(そして) お前は?」
「ソシャクだ。海亀のソシャク。よく噛め。…なあ、お前。今から
海底深く人知れず佇む竜宮城 (たつのみやじょう) まで来てくれんか。
そこの御姫様に、今あんたが歌った歌を聴かせてやってはくれんか。
何がしかの礼はするつもりだが…どうだろう」
「海底に城が?。それはどえりゃぁ面白そうな!。行こう!、と
言いてえところだが、知っての通りオレは亀と違ぅぞよ。
人間は海底まで行けんのよ。後ろ髪は非常に引かれるんよ、
ほいでも行かれんわ」
「それなら問題ない。そこいらの蟹に頼んで酸素補給してもらえば問題ない。
カニが酸素を大量に含んだ泡を
アンタに口移しで肺に流し込むから大丈夫だ!」
「そんいう話なら呼ばれよ。んで、蟹はどこぞにおりやさる」
亀は向こうの磯、あっちの岩の間をと、あちこちを覗き込んでいたが
ほどなく80センチ程のカニと並んで戻って来た。
「この蟹が酸素ボンベ代わりをしてくれる。なあ?、カニ。頼んだよ」
「気安くカニの肩に触るんじゃねえッ!、この、いまいましいドンタレ亀が!。こいつの歌を乙姫様に聴かせるだぁ?。そんなにいい歌か、ちょっとお前、
オレにサワリを歌ってみ。早く!。
早ァー、やァー、くぅー!」
♫ ♬ ♪ カニのハサミにワカメの手ぬぐい 淡路島より美しかのよ
まことの蟹の 誉れなれ ああ、誉れなれ ぶくぶく
「こいつぁ~驚いた!。いわゆる泣ける歌じゃねぇかよ、ホントに!。
よし分かった、オレがひと肌脱いでやろうじゃねぇか!、待ってろ!」
カニはその場で脱皮したが、30分を待たねばならなかった。開始5分で
野良犬の乱入などがあり、裏島と亀はカニのディフェンスに追われたのだ。
続く