刻々と変わるパスワード / 桃多郎伝説 / ハッキングされないように

Title : 「オレのためにおとぎ話読み聞かせサンケウ!」とオムツBABY

 

 

桃多郎は単独で鬼退治に向かった。

鬼達は、浜からでも全貌が見渡せる鬼が島に住んでいる。

若干16歳の彼は夜道を一切休むことなく歩き通し、

夜が明ける頃には三つの山をも越えていた。

最後の難関である四つ目の山中に入ったところで

比較的に男前の犬に呼び止められる。

 

「桃田郎さん、そんなに急いでどちらへ行かれるんですかい」

 

「何故、私の名を貴様は知っておるのだ。怪しい。

ひたすら怪しいが、マァ許そう。これから鬼退治に行くのだ。

貴様もプラプラしておるのなら、どうだ。

私と共に民を苦しめておる鬼をば退治しに行かんか」

 

「へへへ、そうですねえ…。桃他郎さん、その

御腰に付けている茶巾袋の中身は何でやんす。

もしやキビ団子じゃねぇんですかい」

 

「これか。これは鼻のテカリを取る吸い取り紙の束だ。お前も欲しいのか。

鼻が光っておるではないか。どうだ。これでテカリを取るか。

どうだ。ん?。一緒に来るか。

どうだ。幾枚か、くれてやるぞ」

 

「何だキビ団子じゃねぇのか…。

アッシはこれで暇 ( いとま ) させて頂きやす。

そいじゃ桃汰郎さん、随分とお達者で」

 

犬は並足で森の中へ消えて行った。その後ろ姿を見送りながら、

桃多郎は時の世の非情さを身をもって痛感せずにはおれなかった。

 

三里ばかり進んだところで、流石に左ワラジの紐がブツリと切れた。

様子を見ると右も追って沙汰ありの気配。仕方ない、少々早いが

此処で新しい物に履き替えるかと、路傍の手頃な岩に腰かけたのを

見計らったかのように、傍らの繁みからバタ臭い顔のキジが姿を現した。

 

「ヒョッ、として。…桃太郎さんとお見受けしやすが実際のとこ、

どうなんでげしょう。朝一番の月間『犬』に掲載されておりやしたのを

ツイ今しがた読んだばかりなんで。それで、もしや、

ここいらで待ってりゃァお会い出来るんじゃねえかと。

ヒヒ、案の定お会い出来やしたね。大層光栄でげす。

で、やはり鬼退治なんで?」

 

「ああそうだ。助太刀とは見上げた奴。では共するか。んん?。

こらしめてやるか鬼を。どうだ。参るか」

 

「その前に肝心なことをお聞きいたしやす。その腰にぶら下げてるやつァ~、

何がしかの食い物でもへえっておりやすんでげしょうか」

「ウン!、これか。…これは三千と二本の爪楊枝の束が入っておるのだ。

旅支度の最中、母が部屋に入って来てコレを持って行けと、

あり難きお言葉。聞けば近所中からかき集めて持ってきてくれたのだ、

不詳の息子のためにな。どうだ。お前もこれを鬼目がけて投げてみるか。

顔や腕に雨アラレと攻めてみるか。どうだ。血をみるのが恐いか。

そうではあるまい。ならば行くか。私と」

 

「血って……そんなもんが投げて鬼に刺さるんですかい…。妙な…

それにしても桃詫郎さん、キビ団子はどうしなすったんで。

お背中のしょい物の中でやんすか。雑誌には

キビの情報は載ってなかったもんだから…。

入ってるんでやんしょう?」

 

「キビ団子とは何だ。何かの暗号か。先ほどの犬も

何やらそのような事を口走っておったようだが…。もしや貴様ら、

鬼の回し者か。どうだ。吐け!。即刻、吐け!」

 

「ヒヒヒッ。バカ言っちゃ困りやす。そんならオイラはこれで、

けえりやす、ヘイ。道中ご免なすって」

 

キジは、素早く蛇行走法で元の繁みへ。

 

桃多郎はワラジを履き替えると再び歩き始めた。

昼までには浜へ到着せねばならん。急がねば!。

途中数人の野良仕事人を見かけたのみ、

ここいら周辺には大した村はなし。当然と言えば当然。

 

「桃蛇郎さんとお見受けだがね。そうでなければどうにもなるまい」

 

桃多郎が見上げると、大きな杉の木の枝に

角刈りの猿が座ってこちらを見下ろしている。

 

「おのれ!エテ公の分際で人を見下ろす奴があるかッ!。

さあ降りてまいれ此処へ!。ササッと降りてまいれ!。

でなければ話のひとつも出来まいに!。

さあ!。どうだ!。返答やいかにッ!」

スルスルッと器用に幹を滑り下りる猿。

 

「何もそんなに凄みなさんな、桃打郎さん。こちとらマッ平らな猿。

お侍さんじゃねえだによ。それよか、オレはちょっくら聞きてえだよ。

その袋、一体何が入ってるだ。もしや

団子かムスビってなことでねえだかや」

 

「またその話か。キビ団子と見まごうたのであろう、愚かなッ。

これは食べ物が入っておるのではない。

ソロバンが三つ入っておるのだ」

 

「ソロバン!。ソロバンたぁ酔狂でねえだか!。鬼退治になんで

そんたらもん持っていくだ。刀の足しにもなんねえだよ」

 

「やはり人真似は出来ても猿よの。知恵が浅い。カブキものが。

よいか良く聞け。これは退治した鬼の数を数える時に用いるのだ。

でなければ到底数えきれるものではないからな。

分かったか!。どうだ!」

 

「数えきれないってそんなに…。確かオレの聞いた話じゃあ、

鬼は全部で5人しかいねえんだと。桃駄郎さん、御心違いして…

 

「ええい黙れ黙れタワケ者ッ!。第一、先程から黙って聞いておれば

ドイツもコイツも一体何事だ!。んん ?!。

私の名前を一部だけ故意に変えておろう!。

この私が気づかぬとでも思うたか!。貴様ら一体どのような魂胆で

名前を変えるのだ!、言え!言わぬと…」

 

桃多郎は刀を抜いた。刃先が木漏れ日から注ぐ太陽光で一瞬ギラリと光った。

 

「へ?。知らねえだか?。驚いたでよ、たまげ上げたでよ!」

 

「何だッ!。もったいぶらずに早ぅ申せッ!」

 

「鬼にハッキングされねえように、気を使って数十秒ごと

パスワードを変えてるんだで。まさか知らねえはずねえだども」

 

「何!。貴様達、そこまで私のことを気遣ってくれておったのか!。

団子なければどこ吹く風、誠に世間は冷たいと、

侘しさ胸に堪えておった!。それゆえ口から出まかせに

袋の中身を偽り述べておったのだ!、まさか!、

まさかそこまで私の!…」

 

そこまで言い、桃多郎は感極まってエイヤッ!、

目にも留まらぬ早業で空をヤイバで袈裟懸けに切って捨てた。

 

「何を切ったんだ桃太郎さん」

 

「愚かな私の心を切ったのだ」

 

「かあっこいぃ~」