Title : 一番浅い場所でも、園児には大河
とんでもないご迷惑園児が熊本入りした。母がオバアチャン(母の母)の家に夏休み里帰りしたからだ。
不思議なことにオバアチャンは、自分の周りで猿の如く無意味な回転動作を繰り広げる孫を嬉しそうに見つめ、たしなめるどころか畳に転がるボクを抱きかかえては口を押えてオホホホとさも楽し気に笑うのである。
何故このようなデタラメモンキーの自由行動を許すのか、ボクを憎からず思うのか不思議でならない。オバアチャンだけはジャッジ用の支給スプーンを決して投げようとはしない。どんなに獰猛(どうもう)で危険なケモノも調教師に慣れ従うことは周知の事実。
それは調教師の愛情を認識したがゆえの結果だ。よって、バカチン大暴れ子猿であるところのワタクシも、このオバアチャンのいう事だけは良く聞いた。
と書くと、うちの両親はボクに愛情を注がなかったかの様な印象を持たれるかもしれないが、そうではない。幼児には親の愛情を正確に判断する能力だけが抜け落ちる傾向があるように思えてならぬ。
あまりに近すぎると見えなくなってしまうのだ。こればかりはメガネをかけて調節しようにも無理というもの。もちろん、ボクに限っての結論だが。
帰省2日目の昼、父方のオバアチャン(父の母)がボクを自宅に宿泊させたいと迎えにやって来た。どうやら突然の訪問だったらしく、ボクも母も、母の母も気乗りがしない様子だったのだが、遂にお二人さんは折れてしまい、ボクは見渡す限り田んぼのド真ん中に燦然とそびえ立つ新築の家へと連れて行かれてしまった次第。
見知らぬ親戚達の中、ひどく不快感露わだったボクは壮大な田んぼを目にした途端、たちまち心を奪われてしまい、いとこの(同年代)の女の子に
「川はどっかにある?」「あるよ」「連れてって!」と舞い上がる。
彼女宅からアゼ道歩くこと約10分。幅2メートルほどの小川が視界に入るや、たちまち転がるように駆け出すボク。
川底は浅い。ボクが入水してもせいぜい胸元あたりであろう。アメ色の水は適度な透明度を保ち、僅かにゆうっくり流れている。
「あそこに橋があるよ」のイトコの声に「アッ、ホントウだ!」
と、はやる気持ちを抑え、足音消しつつ静かに接近してゆくボク。園児だからと侮って(あなどって)はならない。橋の下は太陽光がさえぎられていて暗い。となればソコには必ず魚が集まっている。
数々の猟をしてきたベテランには分かる。経験とカンだ。影が水面に映らない場所に立ち、ゆっくりと気配を消してしゃがむ。
それから細心の注意を払ってうつぶせになる。それから少しずつホフク前進。ゆっくりと橋の下を覗き込む。どぅれ。
居た!!。
ボクの全身にかつてない程の武者震いが走った!!。暗い水面が大勢のナマズ達ワイワイでピチャピチャ音を立てて波立っている。
それが真昼の間接光でキラリキラリと照り返している。ボクはガラス玉のように大きく目を見開いたまま顔をスックと上げる。
“ 落ち着け!。落ち着くんだ!! ”
1度だけだがナマズを見せてもらったことがある。雷魚もだ。見知らぬオッサンが釣ったソレらを傍らのバケツに入れていた。何という羨ましさ、口惜しさ!。
こここ、こんなのが一体どうすれば手に入るのであろうか!。その時見たナマズはバカでかかったが、今見たヤツらは小さい。20センチくらいの子供だ。
しかし、ウジャウジャいる。少なくとも50匹くらいは居る!!。つま先で、抜き足差し足、忍び足。離れて棒立ちのイトコに向かって声潜め
「家にアミかなんかある?」
「えーッ?。何て言ったァーッ?!、小さくて聞こえないよーッ!」
すっとんきょうな大声にドギモ抜かれるボク。
「アミだアミ。魚すくうアミある?」「セミ獲りのがある」
「取りに行こう!」
園児にも分かる道順。今度は1人で向かう。帽子をかぶっていないので頭髪に触るとムチャクチャに熱い。全速で走って風を巻き起こしたというのに冷めない。
そんなことより、ハアハア!、ハアアア!!。ゆっくりとズックを橋上で脱ぐ。ボクが水に入った瞬間、ナマズ達は水中にマッハで散る。どうしたらいいか?。
橋の下にアミを突っ込み、水面あたりをすくい上げながら、同時に水にドボンと入水、というのはどうか?。それしかない。なにせ、あれだけの数。1匹くらいはアミに入るのではないか!。
などと想像しただけで心臓バクバク、今にも卒倒しそうな呼吸困難に陥る。そんなこと言ってる場合か!。それッ!!。
出来る限り橋の真横に垂直落下。落下途中にアミを橋下に突っ込む。のつもり。実際は両足が川底に着地してからの行為なのだね。
着地した途端、川底のヌメリをもった藻に滑り、バランス崩し、ド派手な波しぶきを上げてうつ伏せに水没ッ!!。プッハーッ!!。
大慌てで顔を上げるや橋下に滑り込みながら水中でデタラメにアミを振り回す。浅かろうが何だろうが、そこには水圧というものがある。マッハで網を振りまくるといってもドダイ無理。もどかしいホウキ履きですかなコレは?。
どうだ!これなら捕まえたか!!、と川の真ん中で仁王立ち!。目をサラのようにして網を覗けばカラ。目の前がマックラリンコ!。
クソウ、どこ行った?!、あんなに沢山どこ行った?!。狂ったようにアミで探り回るボク。これがホントの猿回し、土手の豊満な草が半分水没した箇所に、ここはどうだとアミを入れた途端にぃッ!!。バシャバシャバシャーッ!!。
激しくのたうつ網、アミが勝手に暴れているッ!!、何だこれ、クソッ!!。長い竹の棒がしなり、両手でそれを持つボクの腕が今にもバラバラになりそうだよぉッ!!。
恐怖で全神経に戦慄が走る!!。一体何が入ったというのであろうか!!。