弁当箱の友 / 突然の席替え / 彼だけは違った

Title: せせらぎを聴きながら

 

 

中学2年に進級すると児童達が忌み嫌うクラス替えがある。

顔見知りを見つければ助け舟気分、見知らなければ様子を伺い蒼ざめた面持ちで身構える。

陽光や風に肌をこすられ、渓流の水底の石達が丸く姿を変えてゆく様に、ボクらもいつしかそれに習う。

 

彼だけは違った。彼だけが違った。

だから皆も彼を遠ざけた。きっと1人が好きなんだろうと。

或いは、得体の知れぬ者に近づいてはならない鉄壁の防衛本能でソレを退ける。

 

「え?誰?。アイツ?。知るか。放っとけ」

誰も彼と喋らない。真っ黒に日焼けし、目だけが大粒ドングリの様にクリッとしている、やせっぽちの彼。

彼は誰からもイジメられず、彼もまた誰をも傷つけなかった。

何故なら彼は教室のどの席にも居なかったのだ。

実際は無遅刻無欠席の模範生徒であったのに、担任教師ですら、彼を時として見失うことがあった。

 

二学期登校初日、突然の席替え。

夏休みが終わりスクールブルーな児童らは、力なく机の私物を取り出し、夢遊病者の様に各所を漂いながら新しいタコツボに次々と身を沈めてゆく。

ボクの横は誰だ?…。遅れてやってきた者を見上げると彼だった。

一瞬だけ、彼の真っ白な健康白身の眼と、ボクの睡眠不足で赤く充血したタラコ眼が交錯。

すぐ2つの顔は磁石同極。強い向い風で目にゴミなど入らぬ様に。

 

 

二人用の机に座る者同士が、順繰りに日直ペアとなる掟。

「ヤカン(昼食時の)、ボクが取ってくるからサー、△△は湯呑(を持ってくる)でいい?」

と勇気を出して話しかけるボク。

話しかけられた事実に一瞬面食らう彼。一拍あって伏目のまま頷く。

 

皆が持参の弁当を食べ始める。

遅れてボク、そして彼。

食べ始めて驚いた。彼の食べ方が余りにも奇異だったからだ。

弁当箱乗せた机に覆いかぶさるように前屈姿勢、

両腕で鈍い光を放つアルミ製弁当箱を、

誰の目にも触れぬようにディフエンスし、

かぶせたままのフタを僅か(わずか)にずらしながら、

オカズが見えないよう全神経研ぎ澄ませて食べ物を口に突っ込む。

眼にも止まらない速さだから真隣のボクにさえ、今のソレが何だったのか分からない。

3センチの隙間に箸を突っ込んでは食べ物をかき出し、なくなればフタの角度を変えながら食物の在りかを探る。

 

ボクはポカンと口を開けたまま。

見られている不快感に全身を硬直させている少年。どうにか気配に気づき、慌ててボクも弁当を食べ始める。

 

それから1週間ほど経った。

自分でも驚いたのだが、ボクは唐突に彼の弁当箱上を這いまわっているフタ上に、ササッと自分の肉団子を乗せてしまった。

彼の目が驚愕で一層見開かれたその刹那、口に食べ物頬張ったままのボクは、

「旨い。ソレ。旨い」

何だこの言い方。外人がカタコトの日本語で日本人に話しかけているかのよう。

以外にも、彼は僅かに頷きソレを食べた。そして昼休みが終わった。

何事もなかったように立ち上がる2人。

 

ボクは翌昼休みも同じことをやった。やるつもりでいたし。実際にやった。

目的などない。中学2年生の深層心理など複雑極まりないに決まっている。

自分でさえも自分のしていることが分からない時がある。

ともあれ、彼は迷惑な表情など微塵も見せず、少し照れたように、そしてぎこちなく、毎回それを食べた。チョコッとだけ会釈する仕草をしてから。

 

それから2週間ほどしての昼食時、ボクは自分の言葉に耳を疑う。

「ボクにも何かちょーだいよ」

彼の箸さばきがピタッと止まった。数秒して「美味しくないよ」

「美味しくなくてもいいからサー、何かちょーだい」

 

彼は冷や汗を流すかのように、おずおずと茶色い何かを箱から引きずり出すと、ボクの白米の上にそっと置いた。

ボクは顔を近づけ、何だコレ、とパクリ。

ああ、大根の煮付か。ボクの嫌いな食べ物ベスト5に入る奴じゃないか。

「へええー、すっごい旨いジャン。お母さん料理上手なの?」

「お父さん」

「お父さん作った!。へええええー」。

 

翌日も、その翌日もボクは要求した。

当然の形としてオカズ交換(その都度1回)の慣習が出来上がる。

その時々で、ボクは彼の投下物を旨いと言ったり、イマイチといったり。

それに対し、ボクの投下物に彼は何もコメントしなかった。

強く頷きながら食べている時、それは美味しかったのだろう。口元に笑みが浮かぶようになった。

 

ボクが転校する時、遠ざかるプラットホームの友人達数人の中に彼の姿があった。

その時でさえ、友人達は彼を透明人間のように扱ったが、彼はさしてメゲる素振りも見せなかった。

ボクと彼のつきあいは昼食の儀式だけ。それは数か月間の出来事だった。

もはや互いの姿を完全に消失し終えた今、ボクは走り急ぐ列車の椅子にヘナヘナと座る。

 

目を閉じた刹那、弁当箱のフタを取り、並んで白米見せあって食べた彼との11日間がフラッシュバックした。

相変わらず2人の間にさしたる会話はなかったが、ボクは彼の笑顔の可愛さを認識するに至っていた。

 

その横顔を思い出した時、

ボクは上と下の歯が閉じ併せられない程、

泣いた。

 

 

 

 

 

モンキー園児1 / 優等生と劣等生の違い / PTAの線引き

 

 

 

うちのすぐ目と鼻の先に大層な利発(頭の良い)なノブちゃんなる小学1年生がいた。

母はボクに向かって「ああ、ああ。▽▽もノブちゃんみたいに勉強が出来て大人しい子だったら良かったのに」

と山芋を堀り上げるに必要な1メートル、それを超えるほどの溜息をつき、床にしゃがんで丸まったまま、茹でたボール一杯のシャコを食べる手を止めてしまった。

そんな母の姿より、ボクには産まれて初めて見る赤紫色の茹でシャコなる物体の方が実に奇異に映った。こんなザリガニは薄気味悪い。ズルズルと後ずさりし階下へ逃げる。

ノブちゃんは野球好きなため、日に焼けて丸焦げになった肌をしており、鏡モチのような真っ白肌をしているボクとは全く対照的な級長であった。ボクは日に焼けても赤くなるだけ、たちまち真っ白な肌に戻ってしまう男。

ゆえに、ボクの山猿ぶりを知らなかった商店街のオバサンなどは、ボクをナマッちろくて大人しい園児だと勝手にイメージしていて、

ある日ボクが大きなウシガエルを小脇に抱え(というより羽交い絞めにして)ランニングシャツ、半ズボン泥まみれ姿で道端をフラフラ歩いているサマを目撃、卒倒しそうになったそうだ。

このヒトはボクの身に何か大変な惨事が起きたに違いないと勘違いし、ボクの手を引き母の元へ連れ帰ろうとしたのだが、気味の悪いカエルを両腕で抱え込んでいるので仕方なくボクの後頭部を押しながら親元へと送り届ける。

「奥さん!、奥さんッ!。お子さんが大変よッ!!」

玄関口の緊迫した声に戦慄した母、転がる様に台所から躍り出る。今度は一体何をやらかしたのかッ!!。

「どうしたんですッ!」

「よく分からないけど泥だらけよ!。何かあったんじゃないですかッ!」

「▽▽!。何があったの?」

「これ。…。ボッ、ボッて鳴いてたから、何処に隠れてるかすぐ分かった」

「え?!。他にはッ?!」

「他にはない。これだけ」と寂しそうにウシガエルを両手で母に差し出す。

「捨ててきなさいッ!!」

 

話が脇道にそれてしまったが、ノブちゃんが利発であるというのは、ボクにはどうでもいいことであった。園児にも既に嫉妬の感情は間違いなくあるが、そんなことに嫉妬するボクではなかった。

ある日曜の昼、ノブちゃんがお父さんと道端でキャッチボールをしているのを見る。

ノブちゃんは真っ新(まっさら)な野球のユニフォームを着ていた。

野球のユニフォームというものはテレビで見たことがある。それを何故ノブちゃんが着れているのだろう!。

ボクは激しく動揺しながら自宅にとってかえし、洗濯機に突っ込んであった白ランニングをイスに乗って引きずり出し、父の卓上筆記箱から黒マジックをひったくると、ランニングの胸元にミミズがのたくった様なデタラメ模様を殴り書き(本人は英語のつもり)。

すかさず幼稚園制服からそれに着替え、あたふたとノブちゃん親子の元へ取って返す。

ボール行き交う二人の間に仁王立ち、腕を得意げに組んでふんぞり返るボク。

だが2人はコチラを全く見ず、まるで示し合わせたかのように、サッサと帰ってしまった。そういえば、ボクはノブちゃんと話したことがない。

「ノブちゃんと話したことない」と母に言ってみる。

「アラそう。この前、台風でどしゃぶりだった時、アンタが風呂敷マントで道の真ん中に立って、走って来たノブちゃんのお母さんに、何者だ名乗れーッ!!って通せんぼしたでしょ。お母さんズブ濡れになったって怒ってたじゃないの。口きいちゃいけませんって言われてるんじゃないの?」

そうなのか。全然知らなかった。初耳だが?。

ある夏の日。夕立の間中、ボクは沼でひたすらギンヤンマのヤゴ獲りに興じていた。

いつしか雨はやんでいて、ふと顔を上げると真っ黒な樹木群のシルエットの遥か上、紫色の黄昏が大きく大きく衣を広げている。

セミしぐれが降り注ぐ中、ボクは大量のヤゴを子供用バケツに入れ、意気揚々と家路をたどる。

すると珍しいことにノブちゃんちの前で会社帰りのオジサン ( ノブちゃんの父 ) に話しかけられた。

「おッ!。何が入っているのかな?」

微笑みながらバケツを覗き込んだ顔が徐々に暗い表情へと変貌。

「▽▽ちゃん。トンボは益虫といって蚊を食べてくれる良い虫なんだよ。だからこれは返してあげようね」

ボクは訳も分からぬままノブちゃんのお父さんに連れられて、先ほどまで半身つかっていた沼岸へ…。

既にお父さんの顔がほとんど見えないほど、辺りは暗くなっている。彼は静かにバケツの中の水と共に多数のヤゴを沼へ解き放った。

その時、遠くで雷が鳴った。

はっきり覚えている。あの音。園児でも。

 

◆写真タイトル / 日の当たる場所

 

 

サルサル合戦 (前編) / 幼稚園児とチンパンジーの戦い

 

 

 

ボクが、人騒がせな第1級イカレポンチ園児であることは周知と思うが、ボクが園児の籍を手に入れるに至るには、長く苦難の道があった(そのフィーリングを味わいたく思える人は、ビートルズの ♪ ザ・ロング&ワインディング・ロード、イェイェイェーイェー、を改めて聴いてみてください)。

早い話、どの幼稚園でも入園を拒絶されてしまったのだ。当時は現在の様な幼稚園不足、保育園不足、人手不足でも何でもなく、ただ単にボクが常軌を逸したモンキーで他の子達の迷惑になる、という真っ当な理由に他ならなかった。

しかしながら、ボクは他の園児をイジメたり手を挙げたりした事など1度もない。大層ご立派に聞こえるが、全く、はなはだ、そうではない。人間に全く関心がなく、同世代ですら眼中になく、ボクの頭の中で圧倒的存在感を示す者といえば、大人の親指大の頭を有するオタマジャクシ(ウシガエルの)、アメリカザリガニ、カナブン、セミ、ヘビなどであった。カブトムシやクワガタムシの列挙がないのを訝しく(いぶかしく)思う人が居るかもしれないが、園児にそれらの発見は極めて困難、ダーウィンとかなりの距離を置く。

ある日、突如として、モンキーであるところのボクは、正真正銘、本物の猿の卑怯極まりない襲撃を受けるに至る。しかもその猿は全くもって見たことも聞いたこともない猿。全身に生えた毛は真っ黒、ちょうどボクの背格好に酷似。その愚か者は飼い主達からチィーちゃんと親しみ込めて呼ばれ、ちやほやされ、挙句おごり高ぶってしまった、全くもって鼻持ちならないスノッブなチンパンズィなる名称の猿であった!。

ウチのすぐそば、同じ並び、家並み端角に座す家が、そのチンパンの飼い主宅であった。我が親いわく、飼い始めてまだ1~2日。つまりボクはチンパン赴任早々、即刻ダーティーな奇襲攻撃を受けたことになる。猿の襲撃とは?。

ヤツは大きな庭の塀傍に生えている見事なイチヂクの木のてっぺんに登り、大きな葉の影、下園するボクが近づいて来るのを息殺し待ち構えていたのだ。コヤツの手の平には小ぶりなイチジクの実。全く熟れておらず、それがデコチンに炸裂すれば、その実の固さから当てられた者は己が(おのが)火花を目撃するであろうこと必須。

チンパンの眼が怪しく光る。コイツをあのチビにぶつけたとしたら?…。想像したたけでも愉快極まりない、と真顔で笑いを押し殺す木の上の猿。いたいけなる極児童の眼前通過を息殺し待ち構えるヤツの手の中、クルクルッ、クルクルッとイチジクが回転する…。

 

◆写真タイトル / 小径

 

 

サルサル合戦 (後編) / 幼稚園児とチンパンジーの戦い

 

 

 

あの日の数分間に見た光景は、今なお脳裏浅く鮮やかに蘇える。黄色いバッグを斜め掛けした園児目がけ、樹上のピッチャーは大きく振りかぶるや、剛腕にモノいわせ全力でイチジクを投げつけた。ビチッ!!。青臭く固いイチジクは鋭い音を放つと、ボクから1メートル手前のジャリ石に叩きつけられた。何だコレは…と足を止めるより早く、頭上から「ホホホホホホ!!、ウッギャーッ!、ホホホホホホホ!!」の雄叫び。

激しく木のオツムを左右前後に揺さぶって、黒い何かが怒り狂って吠えている。あ…あれは一体なん…ビジャッ!!、パチッ!!。鋭い第2球、第3球が続けざま、立ち尽くすボクの正面手前のジャリ石を弾き飛ばす。

攻撃されている!!。ボクを狙ってアイツは…「ハヒャヒャヒャヒャ、ホヒーッ!!」とカンシャク玉破裂させてジダンダ踏むソレは猿のように見えるが?、と顔ひきつらせ目を凝らすボクに「ハハハハハヒャヒャヒャヒャ、キイイイイーッ!!」と今にも悶絶せんばかりの激しさで、イチジクの葉っぱをボク目がけチギっては投げチギっては投げるノーコン(ノーコントロール)投手。サルだけに投球は不得手なのか、葉っぱは空しく投手の足元にハラハラ落ちるのみ。

しばしアッケに取られ気づかなかったが、チャリチャリと音がし続けている。よくよく見ると猿には赤い首輪が装着されており、そこから下に向かって長い長い鎖が垂れ下がっているではないか。

尚も独り耳障り極まりない叫び声上げ続ける猿の、むき出し上下の歯に入れ歯妖怪への想いはせるボクではあったものの、ふと我に返り、一目散に自宅目がけて駆け出した。「ハハハホホホホホホーッ!!」(逃げるのかチビ!!) の追い声にボクのハラワタが煮えくり返る!。クソウ!!。許さんッ!。待ってろ!!。

家に飛び込んだボクはカバン打ち捨て水をガブ飲み、捕虫網ワシ掴むと脱兎のごとく引き返す。呼吸は烈情のあまり、ボクの肺にボクサー縄跳び50000回でも命じたか、今にも卒倒しそうな園児、たちまち猿の木前で下車!!。

「ホホホホ。?、……ホホホホホ-ッ!!」気づいた猿が再び激しく木を揺さぶり始める。待ってろ!!、この網で捕まえてやるからな!!。ボクは塀手前、幅80センチ、深さ30センチほどの用水路に飛び込み、細竹組まれた塀下の隙間から、たちまち庭内へと侵入!!。眼下に迫る敵を察知した猿は、一層激しく狂乱カンツォーネを高らかに歌い上げる。激怒したノミの様にピーン!!と飛び上がり立つボク。その眼に飛び込んできたのは邸宅作業倉庫壁に立てかけられたノコギリ!!。見たことはある!!。これだ!!。これで木を切り倒し猿を地面に引きずり下ろすのだ!!。

歯を食いしばり怒涛のノコギリ引きを展開する園児。しかしコレは重い!!。重すぎる!!。太いイチジクの根本あたりに歯を引いてはみるものの、かすり傷さえほど遠い!!。クッ!!、何だこりゃッ!!。頭上で暴れ狂う愚か者を見上げる余裕さえボクにはあらじ!!。その時、突如、ヌッと現れた園長先生の顔に心臓が止まる程のショックを覚える!!。「ダメですッ、貸しなさいッ!!」。

園長婦人は母の友人でボクの恩人。幼稚園をタライ回しにされたボクが幼稚園に入れたのは一重に彼女の尽力。

高校1年の夏休み、ボクは単独で新幹線飛ばし、再び、遥か離れたその地へ立った。園長先生宅は当時のまま。玄関ブザーを押す。廊下を歩く足音。ほどなくドアが開いた。見知らぬオバサンだ。

「どちら様?」「あのぅ…。覚えてますでしょうか…。ボクは▽▽▽▽といって…「えええええええええええええーッ?!。あの▽▽ちゃん?!」「ええ。そうで…「たった今もアナタの話を皆でしてたとこだったのよ!!。あのチィーちゃんとやったオオゲンカの話をネ!!」。

庭隅の小さな石碑に手を合わせるボク。“ 友よ、安らかに眠れ ”。

 

◆写真タイトル / 水は歌う

 

 

事実は小説より奇なり / 身の毛もよだつ恐るべきエピソホド

Title : 水中ラジオ体操

 

 

事実は小説より奇なり。そういフ言葉がある。ウォプッ!。そんな体験がボクにもアリ。第1のエピソードは中学2年の夏休みだったケエ。

ボクは初恋の相手に自作の歌をプレゼントしようと、鼻の下をぶら下がり健康器具にぶら下がったまま微動だに動けなかった大宮の親戚のおばさんの姿勢の様に伸ばし、聞くも恥ずかしいラハッブ・ソングの歌詞を英語辞書を見ながら翻訳しておったのでフ。

ボクがホの字だった子は三つ編みを左右、肩に垂らしておったケエ。ボクはエキサイトしながら三つ編みおさげ髪の英訳を調べたのであるフォッ。

 

PIG  TAIL

 

三つ編みおさげ髪は英語でピッグ・テイル。直訳すると豚のシッポ、と書いてある。ハォウッ!。ボクは全身が凍り付いた。

ボクの日本語歌詞は、“ 君はおさげ髪を風になびかせ ” といフものだったのですケ。

PIG TAILS HAIR IN THE WIND

 

もッ、もし彼女が豚のシッポヘアを風になびかせとその場で訳したら一体どうなるといフのッ!。

ハァァウッ!。ウォプッ!。

 

ヤメ。中止。何も送らない。

 

そホして、もうひとつの事実は小説より奇なり第2弾。観光地としてはその時分あまり知られてはいなかった南伊豆の海岸でのエピソホドなの。

中学2年の夏休みでピッグテイル事件から数日後のさわやかな昼下がり。友人は肉体を鍛え上げることに躍起になっていて、その日も岩場の海で水中ラジオ体操を始めたワーケなのである。

「すッ水圧すごいッ!。かなり筋肉つくぞお前もやれヘッ!」

激しく波しぶきあげ狂ったように水中体操にのめりこむユフジン。

「ヤダねッ!。オレはマラソンがいいッ!」

とボクは叫び、狭い僅か5メートルほどの岩と岩の間の砂地を猛スピードで往復なのでアル。

とその時、岩崖の上からボクらを見下ろした通行人のお兄様がおられまスた。

見れば1人の子供が溺れかけており、もう1人はどうしてよいやら分からず、ただ半狂乱で助けを呼ぼうと走り回っているではないキャ!。

トォッ!

そのチトは海に飛び込みユフジンを救出!。

「大丈夫かッ!」

 

大丈夫か?。何がハ~?。

オタマジャクシは見た / 高齢化社会のマナー

 

小学2年生の夏休み。道端で近所の顔見知りお兄ちゃん達3人とバッタリ。向こうもボクに一目置いている。生まれながらのザリガニ・ハンターであると。小学5年生といえば立派な大人。そんな者達にクチボソ釣りに連れてってやろうかと誘われたからサア大変!。

こッ、このボクが一緒に?!。行く行く行く!、何処行くの?、クチボソってどんな魚?!、大人の仲間入りをした小猿は有頂天、菜の花周りを飛び交うモンシロチョウさながら、お兄ちゃん達の周りをモンキーチョウ。

なんかよく知らないがバスに乗って小一時間。訳分からぬ間に、ウチの近所よりもっと田舎の風景の中に降りた。バス賃タダだった(ホントはお兄ちゃんがボクのを支払っていた)。

平野みたいなとこで山が周りにあんまりない。田んぼ横の流れがない川に沿って少し歩く。草がこんもり柔らかくて沈みながら歩く。1回だけ片っぽのズック脱げちゃったや。

「ここで釣ろう」と親分のお兄ちゃんが言ったもんだから、皆それぞれバッグを下ろして釣りの準備を始めた。

「ボクのも(釣り竿)ある?」「あるわけないだろ」

クチボソ早く見たい。フナとどう違うかな?。もっと大きいか小さいか、色はどうかな?。ワクワクする。暑い。汗たらたら出る。

待っても待ってもチッとも釣れない。お兄ちゃん達は不機嫌な顔をしてアグラ座り。皆デコチンに汗玉が一杯吹き出ている。

あんまりにも退屈だからボクはぷらぷら歩き出した。ザリガニ、カエルでも居ないかな。見つかったら最後だと思え。ククク。

オオッ!。湯のようにぬるい緑色した池の水面、大きな大きなウシガエルのオタマジャクシが、暑さでやられたか夢遊病のようにふらふらふらぁ~と川底から垂直に上がってきて、ポッ、と水面の空気を吸って、再びふらふらふらぁ~っと川底に戻ってゆく!。ボクは足音忍ばせ小走りにお兄ちゃん達の元へ取って返し、

「ねえねえ、網貸してッ」「何。何すんだ」「オタマジャクシ」

「釣りしてんだぞ。魚が逃げちゃうだろ」「うんとアッチ」

網を片手、転がるように取って返す。「待ってろ!許さないからな」

何をどう許さないのか自分にさえ分からないが、とにかくそんな気持ち。身を屈ませ、さっきの奴だか他の奴だか分からないが、とにかく此処で待ち伏せす…アッ!、もう来たあーッ!!

ジャブァーッ!!

限界ギリギリまで身を乗り出していた小猿は全身横一直線で宙を横ッ飛び、シュートを阻止せんとするゴールキーパーさながら、そのままドブオン、と川に全身沈んで見せた。

プァッハアーッ!!。

瞬時に襲った地獄の戦慄!、は次の瞬間、アリャ「何だ~、これ」

水深はボクの首元までしかない。こんな浅かったか!。しかも、全身が夏の暑さにウダっていたので水に浸かって肌が心地よすぎ!。ひゃああ~気持ちいい。川からお兄ちゃん達の方を見やると、皆お地蔵様のように並んで座って全然動かない。ククク。何にも釣れてないみたい。陽炎が立ちのぼり、哀れな釣り小僧達のダルマ大師ぶりがゆらゆら揺れている。

「何しちょんのボク、ほら、早く上がってき、ほらほら」

真っ黒に日焼けこんがり焼けの痩せたオジイチャンが手を伸ばしている。誰?。ボクはオジイチャンの手を掴んで岸辺へ帰ってきた。

「何が入っちょんの」言われて網を見下ろすボク。オオ!何とオタマジャクシが1匹、真っ黄色のお腹を見せ気絶しているではないか!。

「オタマジャクシ。今獲ったの」「おうか!えかったの!(良かったな)」

ボクはオタマジャクシを入れる適当な何かを探してキョロキョロ。ない。仕方なくオタマを水が半分残っている上着のポケットに転がし入れる。

「フォッフォッフォッ!(満面笑)。ジイチャンが何か探してきちゃるけん、ここで待っとき」

すぐそばの木立の向こうからオジイチャンはすぐ戻って来た。手には泥のついた固いゴワゴワのビニール袋。

「これ、穴開いとらんから、これに入れな、ジイチャンが水入れちゃるな」

「ありがと」

ボクとオジイチャンはオタマジャクシの入ったビニール袋を日にかざしてみた。ううう~ん…。オタマジャクシは意識を取り戻したのか、ハッ!と息を飲み、体勢をあるべき姿勢に慌てて戻し、うろたえながら言った。「ドコでしょう此処!」

「オタマジャクシ好きなんか?」「うん。大好き」

オジイチャンはマっ黄色の歯を見せ、さも嬉しそうに笑った。

「何だジジイといるのか汚いッ。オイ、もう帰るぞッ」

いつのまにか、お兄ちゃんの1人が3メートルほど傍まで来ていて、そう言い放つとプイッとキビスを返してスタスタ言ってしまった。

「気いつけて帰りや」「うん。さよなら」

ボクもスタスタ戻る。お兄ちゃん達の姿がズンズン迫って来る。さっきのお兄ちゃんに向かって思わず大声で叫びたくなった。

「汚いのはオマエだ!」

 

それは声にならなかった。勇気がなかった。意気地なしのサル。

ボクは言ったことにしてうつむき、オジイチャンの方を振り返った。うつむいて向こうへ歩いてゆくオジイチャンの後ろ姿も、ボクとおんなじ、ションボリして見えた。

 

 

◆写真タイトル / 一期一会(いちごいちえ)

 

 

★当ブログのエッセイ文、写真、イラストの無断掲載、転用を固く禁じます。

金縛りって一体なに?/1度でたくさん涙目恐怖

セミが熱中症を恐れ葉陰に引きこもる壮絶真夏日、中元手配で百貨店に出かけた母と弟。ひとり留守番居残りは小3のボク。うだる暑さに同伴拒絶、白いふにゃふにゃランニングに紺色半ズボンの軟弱ボク。

2人が出かけて程なく、ジュースを飲もうと台所へ立つ。ビーンビーンビーンという軽量プロペラの回転音に驚き、窓際右上を見上げるとアブラゼミがクモの糸に捕まりモガく羽音だったと知る。それにしても暑い…。熱い…。思わずクラつき、両腕垂直伸ばしで流しの縁(へり)にすがりつく。小麦色の腕は油を引いたようにネラつき、うつむく額からはポタリポタリと汗が規則的に落下。汗でジワつく瞼をそっと開くと、眼下の洗面器には僅かな残り水。窓から鈍く差し込む陽光を受けて反射する溜まり水に、小さなアリが一匹、ポツンと浮いている。

「表面張力…。表面張力で浮いているアリ…」

そう呟きながらガシャンと冷蔵庫を開け中を覗き込む。期待した冷気の洗礼は顔に無し。驚いたことにジュースも無し。

「眠い…」

ボクはひょろひょろと、風になびくことの滅多にないトコロテンのように、両腕を無意味に振りながら自室に戻り、すぐさま畳の上に崩れ落ちた。

「眠い。寝る……」

傍らの扇風機がナマ温い空気をかき回し、ボクの前髪を変に震わせるから、湧き上がった痒みに腹を立てたボクは狂ったようにその辺りを掻きむしった。直後、爆睡。深海1000メートルほどの深さにまで落下。

 

突如、仰天覚醒(意識を取り戻す)!。生涯初の金縛りが始まっている!! (後日それが金縛りだったと知る)。畳上、仰向け大の字、全く身体を動かせない異様で異常な事態!。胸を圧し潰される感覚に恐怖が全身を駆け巡る!。薄茶色の天井がハッキリと見える。点在するコゲ茶色のフシひとつひとつもハッキリ見える。

ボッ、ボクの上に誰かがまたがっている!!、重い重い!!、ぐえええ圧し潰される、だッ、誰か助け…ぐえへへへえええええ、息が、息が出来ないよう!!

これは夢か、と確認しようとして止める。夢でないことは火を見るより明らか。その時突然気が付く。ゆっくりと天井全体が楕円形を描きながら時計逆回りに回転しているではないか!!。しかも茶色いはずの天井は完全に重苦しい鉛色に転換していて、ボクに向かってゆっくり下降したり上昇したりを繰り返している!!。天井の動きを認識したその瞬間、髪の毛が逆立つ様な戦慄が全身に走った!!。

誰か居る!!。ボクの足指のすぐ先に、全身真っ黒な誰かが立っている!!。大人の大きさがある!!。ボクは顔を起こし、勇気をもってソレを確認しようとした。が、顔がもたげられない!!。それでも見ようと歯を食いしばるも無駄な抵抗、全身に冷たい脂汗がドッと吹き出す!!。ボクに一体何をするつもりなんだ?!。幽霊!!、妖怪?!。恐怖のあまり汗みどろの左瞼が激しくケイレンし続けていることに今気づく。一体何がどうなっているんだよおーッ!!。

重い重いく苦しい、圧し潰される!!、死ぬぅぅぅぅぅぅーッ!!。

まだそこに居る!!。視界に黒い塊が見える!!。動いているような動いていないような……、でッ、でも、アレがアソコに居るということは、もう1人がボクに乗っかっているということなの?!、でも圧し潰そうとしてる奴の姿は全然見えてはいない!!。あまりの異様な感覚に激しい吐き気を覚える。どれくらい経ったのか、2~3分だろう多分。全身の力を振り絞り、絶叫して助けを呼ぶことにする。せーの、「xxxxxxxxxxxxxx!!!!!!!!」

こここここ、声が、ぐえ、でッ、出ないぃぃぃぃーッ。

 

パチッ、と両目が見開かれる。

ハレ?。何だこれ。寝てた?。大の字姿で畳に寝転んだまま天井を確認する。回転してない。色もあるべきままの色。両肘で半身を起こし恐る恐る足先を見る。フスマがあるだけ。誰も居ない。

キョトンとする。夢?。いいや違う、絶対違う、違う、違う、全身に残るこのリアル感、実体験したナマナマしさが全神経に残っている。ボクはうつろな面持ちで、冷え切った冷や汗にベトつく半身を、ゆっくりけだるく起こしてみた。背中だけナマ温かく気持ちが悪い。

ボクは家族には話さず、翌日友達数人にこの忌まわしき体験を話してみた。もちろん、全然サッパリあの感覚をこれっぽっちも伝えられないモドカシサがある。

「同じ体験した奴、ホントに居ないの?」

みんな首を振り、大した関心も示さず、そんなことより遊びに行こう、だった。

 

金縛りを経験した人は結構いると思う。そう聞いている。睡眠時に起こる現象に過ぎず、霊魂だとか幽霊だとか、そんなことではない、と学者さん達。

 

そうなのかなあ…。以来、ボクは一度も体験してはいない。良かったっス。もう二度とゴメンであります。霊魂でも睡眠時の反射運動でも。

 

 

◆写真タイトル / ガーリックトーストに乗っかったポテトサラダ

 

 

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進軍園児 / ランキングを外れても

久しぶりに幼稚園に行くとクラスの男子幼児3人がワッとボクの周りに集結。見覚えのないその者達は口々にまくしたてる。駄菓子屋で買った菓子を上機嫌で舐め上げていると隣町の園児に取り上げられて恫喝(どうかつ。脅し)された。お前ならアイツを倒せるに違いないから、帰りに自分達と隣町の幼稚園までリベンジに行って欲しい。そして待ち伏せしソイツをイジメて欲しい、ということらしかった。

「それはどんなお菓子だったか」とボク。「ねぶり紙だよ。3つも取られた」との返答。アレか。ドギツイ赤、緑、黄色のチクロ(合成甘味料)が横4センチ、縦20センチほどの硬目の短冊紙に塗り込んであるヤツだな。

前に1度、家の近所で井戸端会議中の母とオバサン2人に呼び止められた時、オバサンの1人が「アアラ、美味しそうな物を食べてるねー。何ぁに?」と聞くので1枚分け与えたことがある。あまりにボクが噛んでみせてくれとセッつくので、仕方なくオバサンAはペロペロッと舐めてみる。「甘いわね」。それを正面から見たオバサンBが「アッ!、奥さん、舌が真っ黄色になっちゃたわよ!」。帰宅した母に恥かかされたと大目玉をくらうボク。くらいながらボクの幼い心に去来したものは、案外オトナは物知りでないという啓示であった…。

ボクは日頃全く付き合いのない同僚たちに頼りにされ全く持ってつけあがってしまった。「いいよ。行く。やっつけてやる」。

桜前線終盤、散る桜小雨の中、厳しい表情で進軍するヒヨコの一群が川土手からバードウォッチングされた。目指す敵地は大人の足なら10分といったところだろうが、園児の足では30分。まさにシルクロードへ旅立つ一大決心の大遠征なのだ。ボクらが隣町だと思い込んでいるその幼稚園、実は同じ丁目に過ぎない。もしボクらが川向こうのマジ隣町へでも1人置き去りにされたなら、地の果てに来た、オーイオイオイ!とサメザメ泣きはらしてしまうことだろう。

ボクらは勇まし気に進軍を続け、途中、散歩させられている黒い犬に凄まれたものの、たちまちカルカモのヒナの様に数珠繋ぎで路傍(道端)歩行、一糸乱れぬ隊列で目的地を目指す。閉園した入り口前、こないだのように奴らがたむろし奇声上げて棒遊びしているゾ、と同僚が不安気に耳打ちしてくる。奴らに近づくにつれ傘下の者達は何故かボクから徐々に離れだし、しまいにゃ水面に落ちた一滴の油のよう、遂にプゥアーンと弾け飛んだ。

真っすぐキッパリ、微塵もぶれずに1人進軍してくるボクに気づいた敵軍3~4人に緊張感が走る。1番手前、「何だオマエー」と粋がるソイツが持っていた小枝をすかさず叩き(はたき)落とすボク。「イジメたのか?」。そら恐ろしい野犬の迫力に圧倒されたか、ヤツらはワッと一斉にクモの子散らし。それを見たボクの同僚達も何故だかウワアァッ!と逃げ出した。右と左に散りヌルヲワカ園児。そのド真ん中にボク。置き去りのボク。?のボク。

帰り道、垣根に留まったシオカラトンボを発見!。そうっと近づき、トンボの目の前でクルクル人差し指を回し続ける。遂に目が回ったトンボがクラッ。捕まえたッ!!。意気揚々と家路を辿る。やっぱり独りが一番。最初から誰ぁーれも居なかったんだしなー。

 

◆写真タイトル / さっき誰かが

 

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はずされたハシゴ / 神・様・の・言・う・通・りッ

狂乱の黄ィーポンカラーの園児帽をかなぐり捨て、ボクはいつもの様に脱兎の如くに家を飛び出す。本日珍しくボクが登園したのは、神様がボクに日頃の傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な態度にコッピドイお仕置きをする為であったことは、この時点で判明している。つまり、神の見えざる手(アダムス・スミス『国富論』とは一切関係なし)によってお尻ペンペンされてしまったのは幼稚園の在園中であったということだ。

全く知らなかったのであるが、今日はボクの誕生日であった。幼稚園のお姉さん先生が、一体何処でその情報を入手しているのかサッパリ検討もつかないが、とにかく先生は皆の誕生日を知っていて各々の誕生日が来る前日、明日は誰々チャンのお誕生日ですよー、プレゼント上げたいなーと思う子は自分で作ったプレゼントを持ってきましょうねー、等と呼びかけ、常日頃からそういったお誕生日プレゼント行事が行われていたようである。

偶然ボクは自分の誕生日前日に登園して、その初耳呼びかけを聞くに至ったのであった。プレゼントを沢山貰えるというビッグニュースはボクの心を痛く打った。それですっかり舞い上がってしまったボクは、翌日つまりは今日も珍しく幼稚園へなだれ込んだという次第。鼻の下伸ばしたままネコのように丸まり、控えめに膝頭抱くボクの頭上、「はーい。では▽▽ちゃんにプレゼントを渡したいお友達はプレゼントを渡してねー」という先生の声が2度ほどコダマしたものの、誰1人として席を立つ者は居なかったのである。

空恐ろしいほど、水を打ったように静まりかえる教室。期待に頬赤らめ、いつになく息潜めていたボクは、恐る恐る膝頭に半分埋めていた顔を上げた。教室に常時張り巡らされている色とりどりの折り紙チェーン。それらは園児達の手によるものなのであろうが、それを製作する一群の中にボクの姿はなかったはずだ。恐らくはその時分、ボクは腰まで池の水につかり、両手にヌルンヌルンの巨大オタマジャクシを手の平に乗せ、ウァハッハッハー!! と奇声など発していたであろうに違いない。

「居ないようですねー。それでは今からお絵かきを始めましょー」の声にボクの周囲がザワザワし始める。先生はボクに声をかけるどころか、ボクの方をただの1度も見なかった。ボンヤリ突っ立っていると、ほどなくして見たこともない男子幼児がボクのところにやって来て、「これ、◇◇ちゃんにあげるプレゼントだったけど、カワイソーだからあげる」と言って、ボクに何だかよく分からないフニャフニャの大きな封筒を手渡した。中身が何なのか皆目見当はつかないものの、プレゼントを貰ったという喜びにボクの心は一気に青空従え大地に胸を張る満開の桜の巨木!!。激しい歓喜の桜吹雪にむせかえりそうになったその瞬間、「やっぱり◇◇ちゃんにあげたいから返して」。

訳が分からぬまま帰宅。咲き誇る満開の桜巨木、はかなくもタンポポへと変貌。しかもソレには花がない。けれど幸いなことにアンポンタン園児に立ち直れない程のダメージなし。何故って、この世界は混沌とし過ぎている。ボクの心が他人の業に傷ついてしまう程の成長を見せるのは、幸いなことに未だ未だズゥッと先の事だったからである。

 

◆写真タイトル / まぁだだよ

 

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幼児の初恋 / 不定期持ち物検査

小学1年生になった時、ボクは初めて恋心なる感情に触れた。その不思議な感覚はイカレポンチ児童をほんの数秒だけ虜(とりこ)にした。だが、ソレはたちまち当てもない前人未踏のジャングルだか地の果てだかに1人旅立ち、その後何年も消息を絶った。ボクの預かり知らぬ事実であるが。

流石に幼稚園より小学校の方が組織として遥かに規模が大きく、それゆえボクは何のおトガメもなく入学をスルーした。テロ警戒レベル1の空港ゲートを難なく通り抜けることが出来た気分のさわやかさ。

しかし本人の中身は至って愚か者のまま、何の成長も見せることなく唯(ただ)ひたすらミジンコの様にピトーン!ピトーン!と単純な躍動を見せ続けるのみなのである。顕微鏡を覗き込めば各種プランクトンの運動パターンが誰の目にもハッキリ認識されようというもの。だのにプランクトンなら分かるソレが、ただ人間の幼児に変わっただけで、何故大人達には途端に理解不能状態に陥ってしまうのであろう。甚だ納得出来ない。

ある晴れたポカポカ陽気、授業終了後、抜き打ちで机の中身点検なるものが担任の手で行われた。その発表を聞いて全身に戦慄が走ったのは恐らくボク唯1人であったろう。鈍感なボクにも事の重大さがヒシヒシと伝わってくる。段々ボクの席に近づいて来る女検閲官の魔の手。何処にも逃げ場所はない。明るい陽光降り注ぐ机の一群、そのひとつに決して見てはならぬ秘密が…。「はい。じゃぁ次は▽▽クンの机の番ですよぉ~」

机は被せフタ形式。その木製フタを覆い隠すかの様に張り付いているボクの姿はどうだ。このように情けない恰好をしたヒトをボクは知らない。

「どうしたの。寝てないで早く机を開けなさい」「う。眠い…」

ガッツリと口を閉じたアサリにベッタリと吸盤でへばりついた小ダコさながら、いつまでも抵抗続けるボクに女刑執行官の冷徹な声。「どきなさい」。

ボクは机脇に立たされ、机蓋を勢いよく持ち上げる先生。その瞬間の光景は今なおボクの心に熱い青春の劣情をたぎらせずにはおかない。薄緑色の淡い煙が立ち上り、周囲がカビの臭いで満たされた。

「ンアァァッ!!」たちまち右手で鼻と口を塞ぎ、左手はフタを閉めようか、もう少し観察してから閉めようか、の迷いで閉めかける素振り、閉めないままの素振り、の4交互。そのコッケイさは可笑し過ぎた。次第にジワジワジワ~ッとボクの顔一杯に広がる屈託なき純な笑顔。それを見た鬼は顔を一層真っ赤にして怒り爆発!!。

「これは、一体どういうことですかッ?。全然食べないで全部ここに隠してたのッ?!、今までッ!!」。

普通ならば、仲間が先生に激しく叱責されているサマを見てニヤニヤするのが小1男子。だがそれは無理だった。ゆっくりと教室をたゆたう霧のカビが頭上をゆっくり通過してゆくのが見える。皆に見える。花粉症の知識はあるもののコレはどーよ。今、この教室は宇宙人の侵略を間違いなく受けている。幼児らは蒼ざめ、立ち上がりたくとも危険な状態で躊躇(ちゅうちょ)せざるを得ないヘッピリ腰。昼食のコッペパンの化石がビッシリと机の中を覆いつくし一分のスキもない惨状はどうだ。

コッペらは緑色のカビを培養し、いつくしみ、励まし、全身全霊で育んでいるのが見てとれる。その緑のオーガンディの中、ひときわ目を引くのがショッキング・ピンクの一群だ。まるで夜店の綿菓子さながらのフカフカ感、美味しそうな膨らみ具合!。ボクはたちまち興味を惹かれて目を凝らし覗き見る。

分かった!。ブドウパンだ!。ブドウだけちぎって食べた!。パン肌にブドウ跡の僅かな茶色が見てとれる!。それでだ!。他と違うカビが発生したのは!。ボクは自分の頭の良さを先生に伝えようと、彼女の上着スソを激しく引っ張り、その事実を告げた、神妙に耳を傾けていた先生の顔がみるみる激高してゆく。何で?。

「こんなこと、先生は見たことも聞いたこともありませんッ!!。▽▽クンは今から全部それを自分1人で片づけなさいッ!!」

何故だろう。その瞬間、ボクは少し離れた席に座っている女の子と目が合った。色が真っ白で将来美人間違いなしの顔立ち。彼女の美しくつぶらな瞳には侮蔑も軽蔑も驚きも、何ひとつ存在してはいなかった。ただ澄みきった目だけをしていたのだ。悪意のない純粋な目。やがて、振り返っていた彼女は何事もなかったかのように、ゆっくりと黒板側へ向き直った。ボクと彼女が互いの生涯で、接点を持った唯一つの出来事だった。

先生監視のもと、むせながらチリトリにパンの化石を入れている頃には、そんな初恋、すっかり忘れてしまった。カビには恋心を消し去る何かが、ある。

 

◆写真タイトル / よく見るがいいや

 

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