冬のサナトリウム / あがた森魚 / 呼吸困難の苦しさ / イジメの苦しさ

Title 冷たい心の風景

 

 

 

ほんの少しだけれど 陽が射し始めた

雪明かり 誘蛾灯 誰が来るもんか  独人(ひとり)

 

荒野(あれの)から 山径(やまみち)へ 出会いは 幻

弄びし 夏もや  何が見えたんだろか   抱擁て(だいて)

 

十九歳 十月 窓から 旅立ち

壁で ザビエルも ベッドで 千代紙も  泣いた

 

 

◆冬のサナトリウム (あがた森魚 / 作詞作曲)

 

サナトリウム(隔離結核診療所)に幽閉された子。

呼吸困難の苦しさ。

歌詞からは性別が分からない。

ベッドという手枷足枷 (てかせあしかせ ) を組み敷いてはいるが、

負けたのは自分だ、と知っている子。

窓の外に見える景色から夢想したのだろうか。

 

出会いは幻。

誰と誰が出会ったというのだろう。

荒れ野から山径へ至り、そのあと誰かと出会ったのだろうか。

この不可思議な感覚。

注射器が吸い上げる悲しみ色の薬品の匂いが染みつく

白いレースのカーテン越し、

僅かな陽射しや月光を夏もやと、重ね合わせただけなのだろうか。

千代紙といえば女の子のよう。

女の子か、そのように優しく繊細な男の子か。

ザビエルが描かれた絵が飾られていたのか、絵葉書か。

 

壁のザビエルといえば、楽曲『薔薇瑠璃学園』を思い浮かべてしまう。

あがた森魚の名盤中の名盤 “ 乙女の浪漫 ” には、

冬のサナトリウムと共にその楽曲が納められている。

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恋しなければ傷つかない / 夢を捨てる / 決断の歌

Title : 物語を待つ栞〈しおり〉

恋。物心つく美しき季節の始まりに、

子供が夢を捨てる。諦める。一体何が起きたのか。

少女は自身を中国人形だという…。

共産圏では極く当然?。

それなら日本は民主主義国家、日本の子供は夢一杯?。

中国人達が理解に苦しんでいるそうだ。

経済大国日本で毎年2万人の自殺者。その多くが若者。

何故?。どうして?。誰か彼らに教えてあげて欲しい。

子供の頃に夢を捨てた少女、チャイニーズ・ドール。

感情は失せ、人間ではなくなり

生きた屍と化してしまった。

ある男性が突然彼女の心を動かし始める。再び息を吹き返す人形。

人間としての鼓動。彼女には奇跡、魔法に等しい。

黒猫の顔は闇。

黒猫に姿を変えたなら再び私の表情は失せる。

アナタにときめく私の表情は、闇に溶けて見えなくなってしまう。

動き出した心に涙が流れ始める。恋が成就する保証はない。

天の川に身を投げる彼女を見て

全ての星は息を潜めるだろう。

人間を取り戻そうとする彼女は、たとえ焼け死んでも引かないと呟く。

彼が彼女に再生させる勇気,、生きる勇気、を与えたのだ。

◆中国人形 (チャイニーズドール / 尾崎亜美 / 作詞作曲) 杏里

子供の頃に 夢を捨てた そうよ 私は中国人形

星が舞う夜 魔法は起こる あなたの愛で 動き始める

黒猫に 変わる前に その腕で 抱きしめて

この恋に 賭ける はじめての涙 チャイニーズ・ドール

自分達の関係は恋人同士なのか、結婚を約束出来る程の仲なのか。

幼い二人は、自分達の愛の深さを世間一般の形式で計ろうとした。

未熟ゆえの手段。結果はサヨナラ。

もっと心と心で向き合えば良かったのに、

形式にばかり囚われ大切なものを失ってしまった。

取るに足らない大人の決め事を真似ようとしたばかりに。

◆花のように鳥のように (石坂まさを / 作詞、筒美京平 / 作曲) 郷ひろみ

形式や夢では アア ないのさ 心が求めて アア いたのさ

今になってそれに気づき 唇かんでいるよ

どうして二人は サヨナラを告げたの 意味など ないのに

大きな選択、大きな決断。

目測を誤り、二度と結べない絆の事実を前に、ただうなだれるだけ。

何故、目測を誤ってしまったのだろう。

何故、いともたやすく絆を断ち切ってしまえたのか。

信じ切れなかったからだ。

でも何を…。

相手を。自分を。

二人の心以外の何かで二人の愛を計ってしまった。

◆青春のあやまち (unknown) トワ・エ・モア

どこに 私は居ても いつも あなたを感じる

なぜにあの時 二人は別れた 大事な愛を 愚かに二人捨てた

朝の 電車の中で 街の 人ごみの中で

今日も あなたの姿を求める

愛の大きさ 今頃 知った私

自問自答しながらも、心は既に答を得ている。

恋人同士になれば、その後二人はどうなるのか。それさえ心は答を得ている。

それでも止めることの出来ない狂おしい想い。自分達の情熱以外は

一切の要素を考慮に入れず始める物語。

二人は大人だ。その結末に耐え切る自信が、ある。

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日本人と風 / 千の風 / 風に吹かれて

Title : 風

 

 

 

日本人は風に心を託す。風に歌を託す。そうせずにはいられない。

端田宣彦とシューベルツの大ヒット曲 “  ” 。

作詞家の北山修はそのカレッジフォーク名曲の中、

 

ちょっぴり寂しくて振り返っても そこにはただ風が吹いているだけ

としたため、人は誰も耐え切れず振り返る、とつづれ織る。

 

見えない何かを日本人の心象風景に映し出して見せるもの、それが風。

心に反映される何かとは幻だろうか。錯覚だろうか。それとも記憶の断片?。

時の経過の中で埋没してしまった大切な誰かの面影?、

忘れかけた本来の自分の在るべき姿?。

いずれにしても、それは束の間の幻影。

一瞬にして心の中を吹き抜けて行ってしまうもの。

 

静岡の網代に行ってみるとよく分かる。

ひっきりなしに風が四方八方から吹きすさび、

髪は連獅子、お肌は風疲れ。

おのれの心を見つめるどころか、心まで海に持っていかれてしまう

吹き飛ばされてしまう。油断も隙もありゃしない。

やはり網代は干し魚が絶品。

ボクは熱海駅前の乾物屋でコアジの干物を買い求め、

帰宅後食してあまりの旨さに悶絶しそうになった程だ。

やはり心と風の囁き合いは一瞬のリンクに限る。

 

 

北山修は “ ” (作曲 / 端田宣彦)の詩の中で

 

振り返らずただひとり一歩ずつ 振り返らず泣かないで歩くんだ

 

と結んでいる。

名作映画 “ 風と共に去りぬ ” の劇中ラスト、

ヒロインは自分に言い聞かせるようにこう呟いた。

 

「明日は明日の風が吹く」

 

“ 風に吹かれていこう ” (作詞作曲 / 山県すみこ)の歌詞では

 

風に吹かれて行こう 生きることが今

つらく いやになったら 風に吹かれてゆこう

 

とささやきかける。傷心に寄り添う風。そんなことも風には出来てしまう。

 

“ サトウキビ畑 ” (作詞作曲 / 寺島尚彦)で繰り返される一節において、

風はざわわ ざわわ ざわわと表現され、やはり前出の “ 風 ” と同じく

 

広いさとうきび畑は 風が通り過ぎるだけ

 

と語られる。何もない風、姿なき風。実態のない風。何もない所を吹き抜けるだけの何もない風。

日本人は、確かにそこには何もないと同調しながら、

それ以上にそこには何かが有ると実感する。

それは哲学的な禅思想を指しているかもしれないし、

小説で言えば行間を読むということなのかもしれない。

かけあい漫才で言えば、間(ま)なのかもしれないし、

阿吽(あうん)の呼吸を指しているかもしれない。

女性特有の勘であるかもしれないし、

PC画面上の電子マネーを指しているだけなのかもしれない。

 

 

南沙織の“ 哀愁のページ ” (作詞 / 有馬美恵子、作曲 / 筒美京平)では

 

秋の風が吹いて舟をたたむ頃 あんな幸せもに 別れが来るのね

 

と自身に言い聞かせる。

松田聖子の “ 風立ちぬ ”(作詞 / 松本隆、作曲 / 大瀧詠一) も共鳴するかのように、

 

風立ちぬ今は秋 今日から私は心の旅人

 

とズバリこの本題を言い当てる。

 

野口五郎の “ 季節風 ” (作詞 / 有馬美恵子、作曲 / 筒美京平)には、

心の整理がつかない主人公苦悩の様子が

 

過ぎゆく風 泣いてる日がある

 

と語り口調で切々と自問自答される。

風は思い出エピソードそのもの。だから風が行ってしまえば物語は終わる。

それは過去になるし、記憶になるし傷にも勲章にも成り得る。

記憶の内容次第で、風はそよ風にもなるし熱風にも寒風にもなる。

豪雨を巻き込む台風にもなれば、つむじ風にも変容する。

 

世俗的な吹き抜けてゆく風を

“ 風俗 ”

と呼び、時代の風、通り過ぎてゆく永続性のないものと位置付ける。

流れ行くと書き

“ 流行 ”

と読む。それは風を指している。

だがひとたび吹き去った風は、再び向かい風として

突如ボクらの前に立ちふさがり、再開の困惑をもたらしてみたりもする。

 

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逆転の一行 / 作詞家岡本おさみ / 襟裳岬

Title 夜空とうたた寝

 

 

 

あまりに有名な楽曲 『 襟裳岬 (岡本おさみ作詞、吉田拓郎作曲) 』。

誰しもの耳に残る印象的な一節が話題となった。

 

“ 襟裳の春は 何もない春です ”

 

“ 何もない春 ” という “ 春 ” にほとんど馴染みがなかったことから、

人々は軽い違和感を覚えながらも、

此の楽曲に大いなる興味と関心を寄せずにはおれなかったのだろう。

秀でた森進一の歌唱力、楽曲の旋律については今更語るべくもないが、

やはり注目すべきは作詞者の手法。中でも特に高く評価すべきはこの一節。

 

きみは二杯めだよね コーヒーカップに 角砂糖を ひとつだったね

 

ともすればサラリと聴き流してしまうこの一節、

実はこの歌の生命線を担っていると言っても過言ではない。

何故、コーヒーを入れる時に交わしたささいな会話を、

作詞者は限定される文字数の中にどうしても入れたかったのか。

 

遠方より訪ねて来た友人。その友人との関係は

さほど深くはないのかもしれない。

過去に一度こうして飲んだことがあるだけの、

友人というよりは唯の知人に過ぎないだけの人なのかもしれない。

幾度か語っただけの相手。

その1日の思い出を何度も何度も噛みしめながら、

誰も尋ねて来ることのない岬で、

人恋しい夜を1日また1日数え積み上げる日常。

あの日きみは、一杯目はコーヒーだけの味を味わいたくて

ブラックだと言ったね。

でも二杯目は砂糖をひとつと決めているって。

あの日のことは皆覚えているよと、

相手に面と向かっては気恥ずかしくて言えない。

でも、この親愛の情は訪ねて来てくれた相手には伝えたい。

何もない場所だからこそ、人は何かで埋めたい。心を。時を。

 

きみは二杯めだよね コーヒーカップに 角砂糖を ひとつだったね

 

たった一行の詩に、

襟裳岬に人の温もりが有る、

何もない春ではなかった、という思いを込めることが出来る詩人。

そういう詩人が減る昨今ではある。

 

 

 

 

 

 

悲しすぎるから / 窓 / 人を試す歌

Title : まだ子供のお花だよ

 

 

 

歌謡曲とは不思議なものだ。人々の共感を呼べば呼ぶ程

その楽曲は多大な支持を得ていわゆる大ヒットとなる。

至極当然の結果、そこには何の違和感もない。

ところが、ここに

非常に奇妙で不可解な楽曲がある。

この楽曲は、間違いなく多くの人々の共感を呼ぶ。

多くの人々の心に入り込んでくる。

誰もが一度や二度は経験したことがあるはずの

エピソードが切々と綴られてゆく。

その曲中場面は、あたかも舞台劇を見るかのように

聴く人々の脳裏をかすめてゆく。

まるで、聴く人々ひとりひとりの過去を

再び舞い上がらせてしまう追憶のメリーゴーランドだ。

 

窓。

 

この曲は美しくも悲しい旋律を持ち、

一度聴いたら忘れないであろう覚えやすいメロディーに終始する。

にもかかわらず、この曲はいつの時代も

人々の前から必ず忽然 (こつぜん) と姿を消してしまう。

キラ星の如くに生まれては消えてゆく歌謡曲の中に紛れ込み、

手慣れてでもいるかのように消えて無くなってしまう。

何故か。

哀し過ぎるからだ。本当の意味で悲し過ぎるからだ。

決して報われることのない深い悲しみが聴く人々の心を揺さぶり、

リスナーはその重みに耐えきれずに

この楽曲を葬り去ってしまう。

それほどこの楽曲には本物の悲しみがある。

 

イジメは子供の世界にも大人の世界にも存在する。

イジメの様に意図的な個人攻撃にはまだ対処法がある。

だが、この楽曲のエピソードの様な

不作為の行為に対しては対処法がない。

その悲しさと苦しさは、私達皆が知っている。

つまり共感を呼ぶ。呼ぶからこそ、つらい。

人を試す歌なのかもしれない。

 

自身が幸福を手に入れ、うかつな言動や怠惰怠慢で隙を見せ、

手に入れたはずの幸せが手の平からこぼれ落ちてしまわぬよう、

自戒と戒めの意味でこの曲を聴き続ける場合、

この曲は空恐ろしい程の力を持つ。つまり最大の味方となってくれるだろう。

 

検索をかけてみたところ、流石はGoogle、

YahooとYouTube、同名の楽曲が多い中、

後藤啓子が歌っているものがアップされていた。

今現在、哀しみのさ中にある人は視聴しないことを勧める。

慰めのための楽曲ではない。手に入れた幸福を見張るための楽曲である。

 

 

◆窓 (犬丸秀 / 作詞 作曲)

 

あなたと あの人の 幸せの裏庭で 懸命に咲いていた 花があったの

ゆっくりと流れる 夢のようなロマンスを

目を凝らし 目立たずに 見守っていたの

あたためた恋心 庭のスズメ達が 聞きつけて 悲しんで 風に知らせた

風達も涙ぐみ あの窓を叩いた

窓 窓 窓 窓 窓 窓 窓 窓……

 

あなたの あの窓の向こう側から聴こえる 喜びの あの歌は

とても大きくなっていた

気づくと二人は 庭を通り過ぎて あの人は無意識に 私を踏んでった

蹴散らされて くしゃくしゃになった私の愛は

咲くことが出来ずに 窓を見上げた

あの窓は 変わらずに 曇りさえしなかった

窓窓窓窓 窓窓窓窓……

 

吹き抜ける時間は 私を見放して 虫達を引き寄せた 花は枯れてた

横たえた この身に 話しかける草もなく

干からびた花びらは もうすぐ落ちる

蹴散らされて くしゃくしゃになった私の愛は

咲くことが出来ずに 窓を見上げた

あの窓は変わらずに曇りさえしなかった

窓窓窓 窓窓窓 窓窓窓………

 

 

 

報われることのない人の想い。

恋愛に限らず、それは数限りなく

行き合う人と人のもつれ合いの中、日々誰しもが経験する。

それを呟く人も居れば飲みこむ人もいる。叫ぶ人も泣く人も。

 

人は花ではない。話せるのだし何処へでも行ける。

この楽曲はその素晴らしさを改めて今、私達に教えてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

二極化 / 新しい始まり / どうぞこのまま

Title : どうぞこのまま、は楽なまま

 

 

“ 新しい始まりさ ” と “ どうぞこのまま ”。

相反する願いは常に人々の心の中でせめぎ合う。

故に、古きを知らず新しきことのみ知りたがる日本人にさえ、

雨が大地に浸み込むように,

密やかに歌い継がれているのだろう。

 

あせた夕日に包まれて 今 昔のボクを捨てよう、

と歌われるサンディーの ♪ GOODBYE・MORNING。

 

それは馬鹿げた憧れか

冷めたコーヒーのようなもの

だからいつまでも このまま

 

と歌われる丸山圭子の

♪ どうぞこのまま。

 

沈みゆく色褪せた夕日と、真っ新な白いスケッチブックのような朝焼け

との対比。この楽曲は旅立ちを意味する。

 

熱いコーヒーが憧れの香りなら、冷めたコーヒーもまた、

色褪せた夕日なのか。

だが、丸山圭子は時の移ろいを経過を語らず、

あせた夕日の代わりに曇りガラスを伝わる雨の滴の様に、

と心の空模様をなぞらえてみせる。

降りやまないで欲しいと。こちらは明らかに見送る側の楽曲。

 

沈む夕日から始まりの朝焼けへ。

時は流れて、今ではキミの面影を忘れてしまったよ、と語る主人公。

 

冷めたコーヒーを再び火にかける者はいない。

どうぞこのまま、の願いは

夕日と朝焼けの繰り返しとは明らかに違う。

時の経過による変化に抗おうとする、

どうぞこのまま。

 

けだるくアンニュイに、今の現状に留まる自分に固執する心。

変わりたくはないと呟き続ける気持ち。

どんなに技術革新が起ころうとも、

人の心ほどアップグレードやバージョンアップが難しい物はない。

理路整然とした方程式を、

いともたやすく感情が却下してしまう。

 

どうぞこのまま、を指示する人。

明日は全てが変わるだろう、新しい始まりさ、を指示する人。

 

現状維持か現状打破か。

これほどの二極化を、

かつて日本人は今ほど経験してはいない。

 

嫌われた妖精 / チッチとサリーじゃないから / 今日だけは泣く

Title : つまびけば思い出す

 

 

★明日咲。あそう。このエピソードの主人公。

 

身長151センチ、23歳独身、ファミレス・アルバイト歴10ヶ月。

その彼女が注文を取りにテーブルへ姿を見せると、

年配客の8人に1人は必ず決まってこう尋ねる。

 

「あら可愛い。あなた年幾つ?」

 

無理もない。明日咲 ( あそう)  の姿は、誰の目にもせいぜい16歳。

高校生のウェイトレスが珍しいわけでもないのに。

明日咲は、その高校生にさえ見えないからなのだろう。

世俗離れした、浮世離れした純粋無垢な妖精の様な存在感。

妖精であれば普通なら近寄りがたい。

まして声をかける勇気など人間には無し。のはずだが、

オカッパ黒髪の明日咲のルックスは月並み。とっても地味顔。

だから気さくに話しかけやすい。気さくを超えるほどだ。

 

「白玉あずき上がりまーす」  「はああーい」

 

明日咲は精一杯に爪先立ち、両腕を拡げ

白玉あずきの乗ったトレー両端をハッシと掴み、

フラフラッと一瞬前後に揺れながら足裏をしっかと着底、

全身をガチガチにしながらテーブルへとスィーツを運ぶ。

 

「お待たせ致しました」

「アレ!。抹茶、白玉アイスなんだけど」

「え。…確か白玉あずきだったと…」

「何言ってんのオタク。抹茶白玉アイスって言ったよオレ、なあ」

 

30代男性の連れ2人も、仕方ねえなあ顔で面倒臭そうに頷く。

 

「大変失礼致しました。今お取替え…

「ああいいよもう、面倒臭ぇ。置いてきなよ。…オタクいくつ?」

「…24です」

「?……」

ちょっと間が空き、3人が明日咲に目視出来ない笑いを作った。

それを、その笑いを、彼女はよく知っている。

引き上げる明日咲の肩越しに「何だアレ」というかすかな声。 “嫌われた妖精 / チッチとサリーじゃないから / 今日だけは泣く” の続きを読む

不思議な拡散 / 美しき連鎖 / ディフェンスを破る者

 

 

 

どうしてかまうの 誰が頼んだの どういうつもりなの

どうしてくるの 私頼んでない どうして話しかけてくるの

何でなの 誰かと相談でもしたの 放っといてほしいけど

どうして分からないの 自分だけでいいと いっているのに

何様のつもりなの 私はひとりでいたいのに 一体何なの

ケイコク ユーザーカクニン デキマセン

トロイノモクバニ タイショチュウ

20%カンリョウ

どうしてあいさつするの おかしいでしょ どういうつもり

どういうこと 説明もいらないし どこか消えて

消えて消えて いなくなれ

35%カンリョウ

わたしが見えるなんて どうかしてる うそつきうそつき

気配消してる私 何で見えるとかいうの おかしいおかしい

愛とか夢とか うざいうざいうざい だまれ消えろなくなれ

どういうことかって聞いたんですけど 何なの一体

43%カンリョウ

サクジョデキマセン

トロイノモクバニ タイショチュウ

48パーセントカンリョウ

ひとりがいい ひとりがいい 孤独とか何 知ったかぶりやめて

誰かといけば よそ行けば ここにくるな 二度とくるな

諦めてなにがわるい 知ったクチきくな お前になにがわかる

泣いたことないと 思ってんのか

悲しまなかったと 想ってんのか

おまえになにが分かる そばにくるな 消えろ うざい

60%カンリョウ

ケイコク

データベースヲ ホゾンシテクダサイ

聞きたくない 聞きたくない くだらない何もかも 消えろ

笑えるオフザケやってみろ 面白かったら笑ってやるよ

しょうもない くだらない 何しにきたか 意味ふめい

えらそうにすんな えらそうに言うな ああうざいうざい

聞きたくない 聞きたくない 誰だおまえ いつからきてる

トロイの木馬にタイショチュウ

ケイコク

ケイコク

トロイノモクバニ 対処チュウ

70%カン

 

 

 

パスワードガヤブラレマシタ

 

 

 

アナタのことを誰も知らない街で降りて

アナタのことを誰も知らない店に入る

アナタはやさしい人で 親しみやすい

笑顔で店員とやりとりをする

それを終えたらカフェに入り 自分の街のカフェにいる自分とは別人を演じる

にこやかにオーダーし ありがとうと笑って答える

そしてゆったりとお茶を飲み この世はすばらしいといった顔つきで外を眺める

それを終えたら街に帰る

無表情でつまらない顔に戻ればいい

週末には再びアナタは アナタのことを誰も知らない街へ行き

とてもさわやかな顔を作る さわやかな声を作る

それを毎週繰り返す 毎月繰り返す 毎年繰り返す

ある日気が付くと アナタの横にはニコニコした友だちか恋人が座っていて

アナタのすてきな笑顔は

作り物ではなくなっている

 

 

 

ホゾンシマスカ

 

 

 

 

「一応…」

 

 

 

 

◆写真タイトル / もの言わぬ目

 

 

 

 

維新の夢 / 極楽とんぼの夕暮れ / 坂本龍馬

Title : その夜

 

 

オニヤンマの坂本は

潮風避けた樹幹葉陰から桂浜見下ろし、

かすかに風になびく葉先にて同志を待つ。

浜へ降りる階段下では、

アイスクリン屋台のオヤジが店じまいをしている様子。

八月に入ってからは大抵そこに居るが…。

ほどなく空の青を取り込んだ銀ヤンマがやって来た。

 

「すまんすまん!、チイッとばかし遅れてしもうたぜよ!(苦笑)。

ちっくと時間あったキ、浜辺流しちょったら

何やら訳あり気なカップルがおってのぅ。

何気に話を聞いとったら遅れてしもうた、すまん!(汗拭き拭き笑)」

 

坂本は葉片を口にくわえクチクチやりながら、

湿度にけぶる薄桃色がかった水平線を遠い眼差しで眺め、

 

「それはエエけんどよ、オマンは何しに浜辺行きよったが?」

 

「それよ。五色砂の色合いが急に懐かしゅうなってのう。

かかさま、ととさまにも永らくおうとらんチャ(会ってない)。

ゴシキ見たら面影何でか思い出すわけやキ。

…マッコト ( 誠 ) 思い出せるのやキ」

 

坂本は真横に留まった中岡の顔を見ず、水平線を尚も見やりながら、

 

「おうか ( そうか )。……ほいで、そのカップルの話ゆうは何ぞね」

 

「オレもハッキリしたことは分からんけんど、若い2人は

お遍路周りで知りおうたらしいで。

そんうち男が女を好いた、マッコト好いた。ほいで今、

結婚したいゆうたんやけんど、女が言うには、

この世の全ての煩悩を断ち切るため、

不生不滅願うて遍路道に立った私が、

結婚なんち、どげぇして出来るんね、やと。怒っとったわ」

 

一瞬、強い風が吹き抜け、小枝に並び留まる2匹のトンボは

仲良く上下に、寸分たがわぬ同じリズムで揺れた。

 

「おうか。キッツい話やぜ…。ほいで男はなんちゅう物言いやった」

 

「男も、それは分かっとる、分かっとるけんど、女に出おうて

前向きに生きていけそうな気がしたんやと。連れ添うて

助け合いながら生きてゆきたいんやと。ほしたら女が、

ウチのお父さんがお酒に飲まれて

壊れてしもうたんをアンタ知っとるやないの、

結婚してアンタ一緒に介護してくれるんか、

出来んゆうとったやないの前に。

自分の世話もようせんドクレモンが

人の世話ち、出来んてゆうとったやないの。違う?」

 

「中岡。オマン、どこでそん話聞いちょったが?」

 

「はぐれ岩の上よ。ちょうど風がエエ具合やったキ、

留まっておれたぜ。ちっくと羽根が湿ったけんど、

ここで乾かせばええ思うてよ」

 

「おうか。オマンにもそげいな酔狂な性があったんか(笑)。

京都の近藤が聞いたら、歯ぁ見せて笑いよろうがのう(笑)」

 

「新鮮グミは好かん。クワの実がええよ。…ほいでな、

突然男がチウしよったぜよ。オイはマッコトたまげたキね」

 

「チウ?。それは何ぜよ」

 

「接吻よ。坂本オマン、諸外国の言葉、まだオレよりだいぶ低い」

 

「おうか。中岡には勝てんか(笑)。まあエエけんどよ、

結局2人はどげぇなった。こっから樹木に隠れて、

はぐれ岩んとこは見えんかった。別れたんか」

 

「いや。面倒は見れんけんど、自分も断酒するゆうて

男が誓うとったキね。そんで女もゆるうなって、

丸一年ほんまに酒飲まなんだら考えるちゅうことやった。

そんでオイも一応ケジメがついてな、ここいらでエエやろ思うて

此処に来たゆうことよ。坂本はヤブ蚊でも食うとったんか」

 

「いや、なんか夏風邪みたいで調子が悪い」

 

「そらいかん。オイがなんか精つくもん買うてきちゃるキ、

ここでちょっと待っとき。シシャモ鍋でも食わんかよ」

 

「すまんのう」

 

風が世にも悲し気な泣き声を坂本に運んで来た。

それは桂浜水族館に飼育されているオットセイ。

波を想って振り絞る、

悲しい悲しい

望郷の叫び声だった…。