Title : 千客万来の看板娘
★信菜。のな。このエピソードの主人公。
大学病院の屋上、クリームぱん最後のひと口をゆっくり噛みながら、
信菜は、遥か先にかろうじて見えている
湾岸沿いのキリン ( ガントリークレーン ) を数えていたが、
ゆっくり過ぎるかのように見せかけるくせ、
たちまちキリン群を覆い隠してしまう朱色とライトグレー塗りの
大型タンカーにたちまち顔を曇らせ、
昼休み終了間際の日課であるキリンの数かぞえを止めてしまった。
その時、追い打ちをかけるかの様に、若い男性インターンが
中堅看護師2名を従えるようにして談笑しながらご登場。
“ 踏み込まれたか。やれやれ ”
涼風タイムはお終い、退散退散ッ。すれ違いざま
大してイケメン君でもない自惚れ男の、
“ キミも取り巻きに加わっても、ボクは構わないんだけど ” 的な
眼差しメールを黒髪かき上げオデコ辺りから真下へ払い落とし、
信菜は、午後の生ぬるさが始まっている外の白色初夏ページから、
境界線を越えて、直ちに冷たい灰色病棟飛び込み台へ。
それは所謂 ( いわゆる ) 踊り場。
糊 ( のり ) の効いた白衣の裾ひるがえし、勇ましいヒール音で
狭く長い階段を一気に駆け下りる信菜は、望まぬ未婚者。
部屋に戻ると、医学部長が待ちかねたように振り返る。
彼がその仕草を見せる時は、決まって誰かに何かを告げたい時だ。
その何かは、大抵告げたい直前の思いつき。
「この骨格標本だけどさ」
私がそう呼びかけたんだからキミはたちまちこっちに来て、
この骨格標本をすぐさま見るべきなんだよ当然ながら、
と彼の眼差しが大学院生に注がれる。
信菜は気に入らない視線を、一瞬閉じたマブタで真下へ叩き(はたき) 落とし、
軽く唇を噛むと、ぶら下げた両の指を手前でユルく組み、
大きく2歩歩み出て、先生様の横にしぶしぶ並ぶ。まるで、
呼び出しくらったマヌケな2人が、
これからガイコツ様に説教される図。
頭に浮かんだ映像を見た途端、うかつな信菜 ( のな ) は肩をビクン、
こみあげる笑いを必死で何とか押し戻す。
「何。 何が可笑しいのかね」
ウプッ!
“ クソ真面目なシタリ顔しちゃって何よ、
これからガイコツ様に大目玉食らうくせにッ ”
医学部長が、目の前の骨にどやされキョトンとしている顔
がたちまち脳裏をかすめ、
信菜の口元は、二度と引き返すことの出来ない笑いを
ピン留めしてしまう。
「何が可笑しいんだね。さっきから。まあボクには
何ら窺い知ることは出来ないわけなんだが…………。それはそれとして…
…キミどう思う。コレ ( ガイコツ ) 、
自分もコレを身体の中に1つ持ってる
って意識すること、年に何回かある?。ない?」
「はいッ?(笑)」
直後、何故か突然、信菜の顔から笑いが痕跡も残さず消えた。
それを見た医学部長、不自然に驚くが
それは信菜の単なる癖で何の他意もなかった。
「さっき学生達がコレを操ってふざけてたから
ボク聞いてみたんだな。自分のガイコツもこんなだと思うかねって。
そしたらキョトンとしてんだよ。意味不明って感じでね…。
ちょっとしてから、そう言えばそうだ、
なんてボクの真意に気付いたみたいだったけど。
……ま、他の部の学生だったみたいだから
ピンとこないのかもしれないね。…キミ、インターン?」
「いえ、まだです」
「そう。……で、どう?。自分の中にガイコツを感じる?」
信菜は眉をちょっとしかめ、
自分の中に隠れているガイコツ様に思いをはせてみる。
目がくるくるとネコの目のように動いた。
「実感…有りません…」
「葬儀で骨を拾ったこと、ある?」
「ああ…。ありますけど」
「どうして一般の人って骨格標本をキャラ扱いするんだろうねえ…。
コレは自分だっていうのにねえ…」
部長はガイコツ様の頭頂部をいとおしそうに撫で撫でし、やがて
ゆっくりと出て行った。
刹那、信菜は思い出したのだ。
高校卒業式、校舎裏、
担任教師と交わした、最初で最後のぎこちないくちづけ。
あの時、私達
慌ててたから、歯と歯がカチンて当たったんだっけ。
アレって
骨と骨だったんだなあ~。