オタマジャクシは見た / 高齢化社会のマナー

 

小学2年生の夏休み。道端で近所の顔見知りお兄ちゃん達3人とバッタリ。向こうもボクに一目置いている。生まれながらのザリガニ・ハンターであると。小学5年生といえば立派な大人。そんな者達にクチボソ釣りに連れてってやろうかと誘われたからサア大変!。

こッ、このボクが一緒に?!。行く行く行く!、何処行くの?、クチボソってどんな魚?!、大人の仲間入りをした小猿は有頂天、菜の花周りを飛び交うモンシロチョウさながら、お兄ちゃん達の周りをモンキーチョウ。

なんかよく知らないがバスに乗って小一時間。訳分からぬ間に、ウチの近所よりもっと田舎の風景の中に降りた。バス賃タダだった(ホントはお兄ちゃんがボクのを支払っていた)。

平野みたいなとこで山が周りにあんまりない。田んぼ横の流れがない川に沿って少し歩く。草がこんもり柔らかくて沈みながら歩く。1回だけ片っぽのズック脱げちゃったや。

「ここで釣ろう」と親分のお兄ちゃんが言ったもんだから、皆それぞれバッグを下ろして釣りの準備を始めた。

「ボクのも(釣り竿)ある?」「あるわけないだろ」

クチボソ早く見たい。フナとどう違うかな?。もっと大きいか小さいか、色はどうかな?。ワクワクする。暑い。汗たらたら出る。

待っても待ってもチッとも釣れない。お兄ちゃん達は不機嫌な顔をしてアグラ座り。皆デコチンに汗玉が一杯吹き出ている。

あんまりにも退屈だからボクはぷらぷら歩き出した。ザリガニ、カエルでも居ないかな。見つかったら最後だと思え。ククク。

オオッ!。湯のようにぬるい緑色した池の水面、大きな大きなウシガエルのオタマジャクシが、暑さでやられたか夢遊病のようにふらふらふらぁ~と川底から垂直に上がってきて、ポッ、と水面の空気を吸って、再びふらふらふらぁ~っと川底に戻ってゆく!。ボクは足音忍ばせ小走りにお兄ちゃん達の元へ取って返し、

「ねえねえ、網貸してッ」「何。何すんだ」「オタマジャクシ」

「釣りしてんだぞ。魚が逃げちゃうだろ」「うんとアッチ」

網を片手、転がるように取って返す。「待ってろ!許さないからな」

何をどう許さないのか自分にさえ分からないが、とにかくそんな気持ち。身を屈ませ、さっきの奴だか他の奴だか分からないが、とにかく此処で待ち伏せす…アッ!、もう来たあーッ!!

ジャブァーッ!!

限界ギリギリまで身を乗り出していた小猿は全身横一直線で宙を横ッ飛び、シュートを阻止せんとするゴールキーパーさながら、そのままドブオン、と川に全身沈んで見せた。

プァッハアーッ!!。

瞬時に襲った地獄の戦慄!、は次の瞬間、アリャ「何だ~、これ」

水深はボクの首元までしかない。こんな浅かったか!。しかも、全身が夏の暑さにウダっていたので水に浸かって肌が心地よすぎ!。ひゃああ~気持ちいい。川からお兄ちゃん達の方を見やると、皆お地蔵様のように並んで座って全然動かない。ククク。何にも釣れてないみたい。陽炎が立ちのぼり、哀れな釣り小僧達のダルマ大師ぶりがゆらゆら揺れている。

「何しちょんのボク、ほら、早く上がってき、ほらほら」

真っ黒に日焼けこんがり焼けの痩せたオジイチャンが手を伸ばしている。誰?。ボクはオジイチャンの手を掴んで岸辺へ帰ってきた。

「何が入っちょんの」言われて網を見下ろすボク。オオ!何とオタマジャクシが1匹、真っ黄色のお腹を見せ気絶しているではないか!。

「オタマジャクシ。今獲ったの」「おうか!えかったの!(良かったな)」

ボクはオタマジャクシを入れる適当な何かを探してキョロキョロ。ない。仕方なくオタマを水が半分残っている上着のポケットに転がし入れる。

「フォッフォッフォッ!(満面笑)。ジイチャンが何か探してきちゃるけん、ここで待っとき」

すぐそばの木立の向こうからオジイチャンはすぐ戻って来た。手には泥のついた固いゴワゴワのビニール袋。

「これ、穴開いとらんから、これに入れな、ジイチャンが水入れちゃるな」

「ありがと」

ボクとオジイチャンはオタマジャクシの入ったビニール袋を日にかざしてみた。ううう~ん…。オタマジャクシは意識を取り戻したのか、ハッ!と息を飲み、体勢をあるべき姿勢に慌てて戻し、うろたえながら言った。「ドコでしょう此処!」

「オタマジャクシ好きなんか?」「うん。大好き」

オジイチャンはマっ黄色の歯を見せ、さも嬉しそうに笑った。

「何だジジイといるのか汚いッ。オイ、もう帰るぞッ」

いつのまにか、お兄ちゃんの1人が3メートルほど傍まで来ていて、そう言い放つとプイッとキビスを返してスタスタ言ってしまった。

「気いつけて帰りや」「うん。さよなら」

ボクもスタスタ戻る。お兄ちゃん達の姿がズンズン迫って来る。さっきのお兄ちゃんに向かって思わず大声で叫びたくなった。

「汚いのはオマエだ!」

 

それは声にならなかった。勇気がなかった。意気地なしのサル。

ボクは言ったことにしてうつむき、オジイチャンの方を振り返った。うつむいて向こうへ歩いてゆくオジイチャンの後ろ姿も、ボクとおんなじ、ションボリして見えた。

 

 

◆写真タイトル / 一期一会(いちごいちえ)

 

 

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