「ひとつ聞いてもいいかな」
アンニュイな雰囲気漂わせ、右目にしなだれかかる前髪を掻き上げながらソファから立ち上がる蚊納(かな)。薄暗いリヴィングの窓際まで流れるように進み、ソッとカーテン越し、ビル群に目を落とす彼女。その蒼白い横顔に街の灯が反射して、その頬は深海の人魚さながら。
「何?」
そう呟いて、やっぱりオレはこの女が好きなんだなあと、自身の本音を感じ、少し戸惑った自分を愛おしく感じながら囁く金鳥(かなと)。
「ワタシの親友ね…ストレスで今かなり参ってて…。最近ドカ食いが止まらないんだって…。心配だわ…。最後に太るのが顔だって言うじゃない?。彼女、それが始まっちゃって……」
「ストレスの代償行為だね……。丈夫な胃をしてるんだろうけど、長引くと良くないね。生活習慣病になっちゃってるのかな。外あんまり出ないんじゃない?」
「うん。デスクワークでしょ。残業多いから帰りは深夜だし…」
「休みは寝てるのかな」
「そうみたい…。寝貯めしてるって…」
「うん。寝だめってね、ホントに有効なんだよ。一日徹夜したとするでしょ?。一週間は7だからね、一日6時間の睡眠を取ったことにしたければ、休みの日1日だけ12時間睡眠を取ればそうなるじゃない。睡眠は帳尻合わせが出来るんだよ。1週間おきに計算して分配すれば過労にならなくてすむんだ。つまり、精神的に追い込まれる可能性が低くなるってこと。だから彼女、正しいんじゃない?」
「ふ。流石はお医者様。…の卵…。でもね、私だってストレス溜まってるけどドカ食いしなくても大丈夫。どうしてかしら?」
「セロトニンが失われてないんじゃないかな」
「セロリとニンニクが失われてない?、何言ってるの金鳥(かねと)。私どっちも得意じゃないって知ってるはずよ。食べてなんかいない」
ふッ。聞き間違えてムキになって怒る顔も可愛い…。やっぱりオレはこの女に惚れてるんだな…、と自分の気持ちを改めて噛みしめる。
「セロトニンだ。脳内にあるセ・ロ・ト・ニ・ン。それが不足するとね、健康面に問題が出…
「私が聞き間違えたことがそんなに面白いッ?!。ニヤニヤしちゃって何様なのよッ!、不愉快だわ私帰るッ」
たった30分前まで彼女は隣に居た…。彼女は人間に追われて薄暗がりを横切る蚊のようにプゥ~ンと飛んでいってしまった。つまりオレの腕をすり抜けて行ってしまったんだ……。
アレ?、………オレ、大して彼女のこと好きじゃないかも
◆写真タイトル / 彼女の分まで食べてしまえ!