Title : 「ややこしい話だとワタクシは脳内爆発があるとです」
定年を目前に控えた亜万田健人(あまんだけんと)部長の講演は凄まじくも迫真の演説だった。あれは講演などと呼べる代物ではない。明らかに演説だった、と若干24歳の城次来仁(じょうじくるに)は、後年不幸な婚約破棄で幕引きとなった礼杏菜(れいあんな)との当時の交換日記に記している。以下は城次が隠密(おんみつ)録音した会場演説ハイライトシーンの一部。
「私は私のことを “ 自分 ” と呼びます。皆さんもそうでしょう。でも本当は “ 自 ” と呼ぶだけで良いのです。それなのに “ 自 ” を
“ 自分 ” と呼ぶのは、私を第三者に分け与える時なのです。人に自分を “ 分 ” ける時なのです。
礼儀をもって分け与え、受け取っていただくのです。
学校で、職場で、社会で、世間で、私を不特定多数の人々に受け取っていただくのです。
受け取っていただき、どうでしょうか?、と尋ねることなのです。
色々なご意見を頂くことになるでしょう。そうやって年をとっていくのです。結婚相手だけではないのです、分かつ(わかつ)のは。
私は私のことを “ 自己 ” とも呼びます。
この時の私は “ 自分 ” という立場にありません。
公私で言えば “ 自分 ” でいる時が “ 公 ” 、“ 自己 ” でいる時 “ 私 ” 。
周囲の人々に私を分け与えなくて良い時の私、それが自己なのです。
断固として守り抜きたい私の生き方、私自身そのものだと言い切れるポリシー。それは立場を超えたところにある絶対不可欠なものなのです。
命に代えても守らなければならない時すらあるかもしれません。そんな時、人は自分ではなく自己になるのです。
ですから、私にとって自己中心、すなわち “ 自己チュー ” という言葉は存在しません。それを言うなら自分中心、“ 自分チュー ” です。
自分中心があり得ない、許されないのは先に述べた通りです。
自己防衛は “ 自己 ” に許され、社会も言い分に耳を傾けてくれます。自分保身の “ 自分 ” は組織が、社会が許さない。
“ 自己責任 ” は “ 自己 ” を主張する時に伴い、“ 自分主張 ” をする時、人は私を無責任な者と呼ぶでしょう。その証拠に “ 自分責任 ” という言葉は有りません。社会が認めていない行為だからです。
“ 自分自身 ” という言葉は、物体としての私を指してはいません。私の体を指しているのなら “ 自分自体 ” と呼ばねばなりません。
自分全身。自分全体。私が “ 身 ” である時、それは私が “ 自己 ” である時。私が “ 体 ” である時、それは私が “ 自分 ” である時、なのです。
“ 全身 ” は皆の中で孤高の私。“ 全体 ” は皆の中で協調する私。
孤高でも、ひとりぽっちでも “ 自己 ” は強い。納得の私だからです。
協調する “ 自分 ” は不安定。納得出来ないことも多いからです。我慢しなければならないことも多いからです。
“ 自分 ” として生きる、“ 自己 ” として生きる。どちらかに偏る時、人は道を失うのです。どちらに偏ってもならないのです。両者のスイッチングが上手に出来るか否か、それが私達の大人度数と言えるでしょう」
講演終了後、控室に亜万田(あまんだ)部長の妻が来室。
「ワタクシ、亜万田の家内でございます。いつも主人が大変お世話になっております。…あの、主人はいつ講演するのでしょうか」
「え?。今、講演したばかりですが。お聞き逃しになりましたか。すぐこちらにお戻りになるかと思いますが」
「は?。今の方の講演は聞いておりましたが…あの方は…」
「え?。亜万田部長でしたけど…?」
「嘘だァ~!(全力冗談笑)」