大人がサジ投げるこのボクだ。友人など1人もいない。ボクもまた、友達の必要性をパン屑(クズ)ほども感じやしない。負け惜しみでも何でもなく、ただただ唯我独尊(ゆいがどくそん)、ボクの相手はの山や沼の生息小物。それらとのガチ勝負こそ生きる証し。なのに極めて純度の高い交戦に助っ人を呼んだとなれば一体どうなる。山妖精、沼妖精から侮蔑のそしりは免れぬ。やだやだ、やァだッ!、そんなの、やァーだッ!。以上…。
そのような訳で、幼稚園の先生が投げたサジ、両親、近所の大人子供が投げたサジ、それらを広い集めては使えるものは使わねば、とケナゲにサジを布磨きする母に「ムダなことはやめなさい」と諦め顔でたしなめる父。ボクの父は帝大主席卒業の学者肌、堅物のエリート。長男にはキラ星ほどの夢もあったことだろう。
それがどうだ。産まれて見ればボリショイサーカスの花形跳躍ノミ。しかもソレは所定のトランポリン上ではなく、観客無視したテント外、誰1人居ないディープバイオレット黄昏を背に、得意の絶頂で跳躍繰り返す意味なしシルエット。このバウンドの高揚感はボクだけのものなのだと言わんばかりに。父親ならずともガックリ膝を折る光景であろう。
エッセイ “ 園児のビッグディ ” で記したバラ絡むフェンス塀。ヘビ捕獲に味を占めたボクは柳の下のドゼウ狙い、以来足しげく点検通いするようになっていた。その白フェンスにぐるり囲まれた家は田舎の風景にひどく不釣り合い、いかにもお金持ちが住んでいそうな赤レンガ造りの洋館であったことをボクは知らない。目の前に突き出されたバナナをチンパンジーの幼児がひったくる時、彼はバナナ盛られた器の形や色を覚えているだろうか?。なわけで、ボクにとっての敷地の全ては、ヘビが出てくるやも知れぬアールデコ調のフェンスだけだった。
快晴お手本の様に晴れわたる遅い朝だったように思う。なにせ虫や魚を探し回るが常(つね)、ほぼ下しか見ないでほっつき歩く園児の顔さえ上げさせる青空。この記憶に嘘はなし…。ボクがバラのツタ隙間をジロジロ検閲していると、洋館のドアが開いて中から母子らしき2人が姿を現した。
目を凝らすボク。ここで人を見たのは初めてのことだ。彼女を見たなら、ボクの母は同じ女性であるとは決して名乗れない程、そのヒトは美しかった。陽光浴び白銀に輝く帽子と服、そして靴。彼女が押す車イスには見たこともない紺色の帽子と服を着た小学1~2年生くらいの男の子がふんぞり返る様にして座っている。彼の母は、きゃしゃな両腕で車イスを苦しそうに一歩一歩、噛みしめるようにユックリ押し、白きバラの咲き誇るアーチ型門にまで辿り着くと、肩で息しながら息子に何やら耳元でささやき、少し小走り加減で自宅へと引き返す。忘れ物でも取りに戻ったようだ。
「ヘビどこにいるか知らない?」と叫びながら無遠慮に近づいてゆくボク。その間抜け顔も、間近で彼を見た途端にカチンカチンと瞬間冷凍されてしまう。彼の両目視線は垂直に青空を貫く。まるで瞳の全てを空に捧げているかのよう。その表情は彫刻の様に真っ白な頬の上、唇はバラの様にざわめき美しい。口の端から垂れる透明な水アメは、バラ達が伸びあがるほど美しくキラめいていた。
だが、彼の左足はつま先から太もも付け根まで、見たこともない茶色の皮ブーツに覆われていて、十数本の銀色金具を付けたベルトの隊列が彼の脚を覆いつくしているではないか!。「あら」。彼の母親の声にビクッと肩震わせるモンキーキッド。
すぐに黒塗りの立派な車がやって来て、親子はすぐさま乗り込んだ。運転手が子供を抱き抱えたし、車イスもたたまれた。その不可思議な光景にボクは言葉を失う。車が動き出すと、一転の曇りも見当たらぬ黒塗りボディーにスーッと青空の帯が写し出され、突然スッと消失。ボクは全く相手にもされず取り残される。
夕食時。あれは誰か。と両親に尋ねる。付き合いがないから分からない。何故子供がリヤカーに座っているのか。リヤカー?。リヤカーに座っていたのか。そう。
数日後、近所のオバサン達と立ち話していたボクの母、アッと小さく無音な叫び。ウチの小僧が言っていたのはコノコトだったのか!。
さらに数日。夕食直後に突然発熱したボクは、自宅に急行したハイヤーに乗せられ、カカりつけのアブクマ医院へと搬送される。バラのアーチ門前を通過し、車は大きくカーブして急こう配の坂道をジャリ石ハジき飛ばしながら下ってゆく。熱でうかされるボクの目に坂を降りてゆく例の母子の後姿!。一瞬ヘッドライトで浮かび上がったでしょ?!。
「ハアアッ!」。反射的に車のドアを開けたボクは走行中の車からジャリの海へともんどり打って転がり落ちる。「キャーッ!!」母のつんざく声。車の急ブレーキ音!!。2~3回転デングリで止まるボク。「救急病院へ行きますかッ!!」。緊迫した運転手の声。結果的には、少しスリ傷が出来た程度だったにしても。
この日よりも前に彼が天国へ旅立っていたことなど、ボクに知る由もない。ボクの見た親子は人違いだったのだ。あの家は住人を失った。失意の両親は遠くへ越す。その前日、美しいヒトはボクの母友にこう声をかけていたそうだ。
「たった1人のお友達がお見送りに来てくれて、あの子もとっても喜んでいたんだと思います」。
◆写真タイトル / ふたつの水滴
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