夏の遅い夕暮れ。空は薄墨色。石鹸のいい匂いをさせて浴衣にズックの幼稚園児が外に転がり出る。白地に青朝顔柄の浴衣が緑の竹林と重なった時、顔見知りのオバサンが「まあ、素敵な浴衣来てるわねー」。お喋り相手のオバサンも「綺麗よー」。
小学2年生のお兄ちゃん達が数人、空めがけて自分のクツをしきりに投げつけてる。落下したクツを速攻で覗き込んでは「チェッ!ダメだァッ!」。再び空めがけてクツをポーン。それを追ったたボクの目が奇妙な動きで飛び回っている生命体をとらえた。1、2、3、4……5……。小さなソレらを数えるボク。
「アッ!、入ってる入ってる!!」。1人の歓声に皆がワッっと集結、円陣組んで覗き込む。ボクもお兄ちゃん達の隙間から、何だ何だと一生懸命覗き込む。
お兄ちゃんに両足掴まれた生き物、両翼をパスパス振って飛翔に必死。ボクが生まれて初めて見たコウモリだった。小2の子供の手の平大。お兄ちゃんはパッとソレを空に解き放つ。瞬間、空が紫色に膨らみ電信柱の笠電球が切なげに灯る。同時に人影が失せた。ボクだけが、自分のズックの両方を何度も何度も空に向かって投げ続けている。かろうじて僅かな明度を保って広がる画用紙空。コウモリ達の交差するシルエットがおぼろげに確認出来る。「日没デス」と夕闇が園児に告げようと歩み寄った時、夕闇は見た。その子のズックの中でパサパサ暴れるコウモリの姿を。
母の目を盗み台所からジャムの空瓶をかすめ取ったボクは、階段を上がりながら素早くコウモリを瓶に押し込みフタをした。自室の押入れを開け、奥の闇へソレを隠す。何食わぬ顔で夕食に参加。今、自分の部屋にアレが居ると思う度、味噌汁持つ手が興奮で震える。いてもたってもいられなくなり「ごちそうさま」と合掌、退座しようとする園児に、ダメだと父。ニンジンを全部食べるまでダメだ。
やっと解放され秘密との再会。瓶の中でコウモリはうつ伏せ。「もう寝てる」。嬉しさのあまり瓶を抱きしめ眠るボク。コウモリは確かに寝ている。フタがキツく締められた瓶の中、酸素がなくなり永遠の眠りについている。
▼ 注釈 / 飛行中のコウモリは電波を出しています。その電波が物体に当たってハネ返るので、コウモリはソレらにぶつることなく飛べるのだそうです。何故、投げたクツの中に突っ込んでゆくのかは分かりません。
◆写真タイトル / 束の間知らず
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