金縛りって一体なに?/1度でたくさん涙目恐怖

セミが熱中症を恐れ葉陰に引きこもる壮絶真夏日、中元手配で百貨店に出かけた母と弟。ひとり留守番居残りは小3のボク。うだる暑さに同伴拒絶、白いふにゃふにゃランニングに紺色半ズボンの軟弱ボク。

2人が出かけて程なく、ジュースを飲もうと台所へ立つ。ビーンビーンビーンという軽量プロペラの回転音に驚き、窓際右上を見上げるとアブラゼミがクモの糸に捕まりモガく羽音だったと知る。それにしても暑い…。熱い…。思わずクラつき、両腕垂直伸ばしで流しの縁(へり)にすがりつく。小麦色の腕は油を引いたようにネラつき、うつむく額からはポタリポタリと汗が規則的に落下。汗でジワつく瞼をそっと開くと、眼下の洗面器には僅かな残り水。窓から鈍く差し込む陽光を受けて反射する溜まり水に、小さなアリが一匹、ポツンと浮いている。

「表面張力…。表面張力で浮いているアリ…」

そう呟きながらガシャンと冷蔵庫を開け中を覗き込む。期待した冷気の洗礼は顔に無し。驚いたことにジュースも無し。

「眠い…」

ボクはひょろひょろと、風になびくことの滅多にないトコロテンのように、両腕を無意味に振りながら自室に戻り、すぐさま畳の上に崩れ落ちた。

「眠い。寝る……」

傍らの扇風機がナマ温い空気をかき回し、ボクの前髪を変に震わせるから、湧き上がった痒みに腹を立てたボクは狂ったようにその辺りを掻きむしった。直後、爆睡。深海1000メートルほどの深さにまで落下。

 

突如、仰天覚醒(意識を取り戻す)!。生涯初の金縛りが始まっている!! (後日それが金縛りだったと知る)。畳上、仰向け大の字、全く身体を動かせない異様で異常な事態!。胸を圧し潰される感覚に恐怖が全身を駆け巡る!。薄茶色の天井がハッキリと見える。点在するコゲ茶色のフシひとつひとつもハッキリ見える。

ボッ、ボクの上に誰かがまたがっている!!、重い重い!!、ぐえええ圧し潰される、だッ、誰か助け…ぐえへへへえええええ、息が、息が出来ないよう!!

これは夢か、と確認しようとして止める。夢でないことは火を見るより明らか。その時突然気が付く。ゆっくりと天井全体が楕円形を描きながら時計逆回りに回転しているではないか!!。しかも茶色いはずの天井は完全に重苦しい鉛色に転換していて、ボクに向かってゆっくり下降したり上昇したりを繰り返している!!。天井の動きを認識したその瞬間、髪の毛が逆立つ様な戦慄が全身に走った!!。

誰か居る!!。ボクの足指のすぐ先に、全身真っ黒な誰かが立っている!!。大人の大きさがある!!。ボクは顔を起こし、勇気をもってソレを確認しようとした。が、顔がもたげられない!!。それでも見ようと歯を食いしばるも無駄な抵抗、全身に冷たい脂汗がドッと吹き出す!!。ボクに一体何をするつもりなんだ?!。幽霊!!、妖怪?!。恐怖のあまり汗みどろの左瞼が激しくケイレンし続けていることに今気づく。一体何がどうなっているんだよおーッ!!。

重い重いく苦しい、圧し潰される!!、死ぬぅぅぅぅぅぅーッ!!。

まだそこに居る!!。視界に黒い塊が見える!!。動いているような動いていないような……、でッ、でも、アレがアソコに居るということは、もう1人がボクに乗っかっているということなの?!、でも圧し潰そうとしてる奴の姿は全然見えてはいない!!。あまりの異様な感覚に激しい吐き気を覚える。どれくらい経ったのか、2~3分だろう多分。全身の力を振り絞り、絶叫して助けを呼ぶことにする。せーの、「xxxxxxxxxxxxxx!!!!!!!!」

こここここ、声が、ぐえ、でッ、出ないぃぃぃぃーッ。

 

パチッ、と両目が見開かれる。

ハレ?。何だこれ。寝てた?。大の字姿で畳に寝転んだまま天井を確認する。回転してない。色もあるべきままの色。両肘で半身を起こし恐る恐る足先を見る。フスマがあるだけ。誰も居ない。

キョトンとする。夢?。いいや違う、絶対違う、違う、違う、全身に残るこのリアル感、実体験したナマナマしさが全神経に残っている。ボクはうつろな面持ちで、冷え切った冷や汗にベトつく半身を、ゆっくりけだるく起こしてみた。背中だけナマ温かく気持ちが悪い。

ボクは家族には話さず、翌日友達数人にこの忌まわしき体験を話してみた。もちろん、全然サッパリあの感覚をこれっぽっちも伝えられないモドカシサがある。

「同じ体験した奴、ホントに居ないの?」

みんな首を振り、大した関心も示さず、そんなことより遊びに行こう、だった。

 

金縛りを経験した人は結構いると思う。そう聞いている。睡眠時に起こる現象に過ぎず、霊魂だとか幽霊だとか、そんなことではない、と学者さん達。

 

そうなのかなあ…。以来、ボクは一度も体験してはいない。良かったっス。もう二度とゴメンであります。霊魂でも睡眠時の反射運動でも。

 

 

◆写真タイトル / ガーリックトーストに乗っかったポテトサラダ

 

 

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